第2章


 一


 総体の開会式当日はあっという間に訪れた。

 季節は夏。灼熱の太陽が身も心も溶かして、青春の戦いを繰り広げる熱い日々を迎えることになった。

 バトルファックの開会式は第3武道館で行われることになっていた。都内のすべてのバトルファック部員が勢ぞろいし、2週間の間、戦いが繰り広げられる。最終的に、勝率1位の男子バトルファッカーと女子バトルファッカーがここ第3武道館で雌雄を決する戦いを行い、優勝者だけが全国大会に出場することになっていた。

 ここで好成績をあげたものがプロの道に進むことも珍しくなく、マスコミによる盛り上げも半端がない。特に東京都の地方大会はレベルが高く、優勝候補や有名校の選手たちには特集も組まれて、優先的にテレビ放映されていた。


「すごい人だね」


 純菜が驚いたように言った。

 第3武道館の会場には各校のバトルファッカーたちが勢ぞろいしていた。中央のリングをぐるりと囲んだ観客席。そこに俺たちは座っていた。学校ごとに座る位置が決まっていて、先頭にはそれぞれの学校の看板が設置されていた。


「これ、みんなバトルファックやる人なんだよね」


 隣に座る純菜がなおも驚きながら言った。

 彼女はこれが初めての総体だから無理もなかった。俺も去年、はじめて開会式に参加し、その迫力に圧倒されたのを覚えている。


「そうだぜ。この中の1位しか全国に行けないんだからな。なんていうか、気の遠くなる話しだよ」

「ええと。確か、男女7人づつのグループにわかれて総当たり戦で戦って、勝率を競いあうんだよね」

「そうだ。勝率が同率だったらKO数の多さ。KO数も同じだったら、KOまでの時間の短さで、最終的に男と女の1位を決める」

「それで最終決戦だもんね。全部で8試合か。それを2週間のうちでやるんだから、大変だね」


 圧倒されている純菜だった。

 開会式に出席すると、周りの人間がみんな強そうに見えるから不思議だ。どことなく、隣の高校の女子がとても魅力的に見えて、こんなアイドルみたいな奴に勝てるわけないじゃないかと不安な気持ちになる。そんな中でも輪にかけて整った容姿の奴らが勢ぞろいしている学校が近くにあった。


「純菜、あそこ見てみろよ」

「え、どこ?」

「俺たちから右斜めむこう。ほら、あのやたら派手な制服のところ」


 俺が指さした先には青色の制服を来た集団がいた。

 どことなく露出が高い制服に身を包んだ彼らは、バトルファック界での有名校だった。バトルファックの腕に覚えのある学生たちが全国から集まる学校。プロ養成コースもあるバトルファックの専門校だった。


「BL学園だ。今年もあそこが優勝候補だよ。人数制限の10名に絞るだけでも、学園内で熾烈な戦いが繰り広げられるらしいぜ」

「ふあー。見るからに強そうだねー」

「ああ。ほら、一番前に立っているのが去年優勝した榎本先輩だ。全国でもベスト4に入ってたしな。今年も文句なしの優勝候補だよ」


 そのほかにも強そうな奴らばかりだった。

 男だけではなく、女子生徒もレベルが違っていた。

 一般生徒の中に芸能人がまぎれこんでしまっているような印象。しかも、芸能人たちはグラビアアイドル顔負けのスタイルの良さで、遠目でもその大きな胸が自己主張しているのが分かった。


「あ、ねえ、アレ、西園寺選手じゃない?」


 俺がBL学園の選手に見とれていると、俺の袖をひっぱって純菜が指さした。

 リング脇のVIP席。解説者の席の隣に、純菜の言うとおり俺の憧れのプロバトルファッカー西園寺拓也選手が笑顔で手を振っていた。ざわざわとした気配が広がり、周りも彼の存在に気づき始めているようだった。


「ほ、本当だ。西園寺選手だ」

「ゲストなのかな。あの人」

「そうかもな。BL学園出身だし。あと、今年の全国大会はこのまま都内で開催されることになってるから、特別ゲストってことで、地方大会から盛り上げようとしてるんだろう」

「それにしてもあの人のまわりだけ、テレビのカメラがすごいね」

「そりゃあ、プロバトルファッカーの中でも生きる伝説だからな。すげえ、あの人に試合見てもらえるかもしれないのか。うわっ、サイン欲しい」


 取り乱した俺に、純菜が呆れて言った。


「ほんとう、あの人のこと大好きだよね、健ちゃんは」

「そりゃあそうさ。俺の憧れだもの。というか、お前だってあの人のDVD今も見てるんだろう?」

「まあ、そりゃあ、研究対象としてはすごくタメになるけど」


 どうでもよさそうに純菜は言った。

 女性バトルファッカーにも熱烈なファンがいて、その甘いマスクに黄色い歓声をあげる女性も多い。今年も10年連続で「犯されたいバトルファッカー部門」で1位になった西園寺選手だというのに、純菜はそこまで興味がないようだった。


「あ、そろそろ始まるみたいだよ」


 純菜の言葉どおり、照明が少しづつ暗くなっていた。

 隣の純菜さえ見えなくなるほどの暗闇。それがいきなりリングの上だけ照明がともったかと思うと、燕尾服を着た司会役の男性がリングに登場していた。恰幅のいい男が、よく通るダミ声で、会場中にむかって叫んだ。


「これより、第100回バトルファック競技会地方大会を開催しますッ!」


 まるでプロレスの司会のような物言いに、周囲からは爆発的な歓声があがった。イベントのボルテージはいっきに高まる。その音量に隣の純菜は目を白黒させていて、可愛かった。


「それでは、今回のスペシャルゲスト、西園寺拓也選手から一言いただきましょう」


 スピーディーに開会式は進行していき、西園寺選手が呼ばれた。彼は甘いマスクに爽やかな笑顔を浮かべて、颯爽とリングの上にあがった。

 さすがはプロバトルファッカーといった軽快さで登場した西園寺選手にむかって、どこからともなく「拓也ー」と声があがる。そちらにむかって慣れた手つきで手を振って笑顔をむけた後で、彼はマイクを手にした。


「まず、この大会が今回も無事に開催されたことに、感謝したいと思います。バトルファック協会の方々の努力なくしては、ここまで盛大な大会を開くことはできません。みなさん、暖かい拍手を」


 イケメンの甘い声に誘われて、会場から万雷の拍手がバトルファック協会の実行委員に向けられた。予期せぬサプライズに実行委員の中には涙ぐんでいる人もいた。その女性は絶頂でもしてるんじゃないかと思うほどに恍惚とした表情で西園寺選手を見つめている。


「みなさんの中にはプロのバトルファッカーを目指している人もいるでしょう。私もそうでした。しかし、忘れて欲しくないのは、今、この瞬間でしか味わえないものがあるということです。学生時代のバトルファックは記憶に刻まれ、その後の人生すら左右することもあります。みなさんにはどうか、正々堂々、スポーツマンシップに恥じないバトルファックを期待します」


 爽やかな笑顔と共にしめくくる西園寺選手だった。まさしく人格者。俺も胸が熱くなった。


「それでは、グループの抽選を行いたいと思います。モニターをご覧ください。なお、抽選結果は、事前登録いただいているアドレスに送信させていただきますので、詳しくはそちらをご覧ください」


 会場に備え付けられている大型モニターに視線をやる。試合が始まればそこにも映像が流れ、リプレイ映像が映し出されるものだった。

 そこに全出場選手のグルーピング結果が発表される。コンピュータが無作為に選び出す14名の組み合わせ。それが一瞬のうちに決められ、発表されることになっていた。


「それでは、今年度のバトルファックの組み合わせ結果を発表し
ましょう」


 同時にモニターに結果が発表された。

 自分たちの席からはモニターが遠く見えない。だから手元のスマフォに目をやった。メールが受信されており、それを開くと抽選結果が表示されていた。男7名はどうでもよかった。大事なのは対戦相手となる女7名だ。名前と学年と所属高校。それに目をやった。


「げっ、一人BL学園のやつがいる。でも1年か。それ以外は特に問題ないかな」


 俺の対戦相手をひとしきり眺める。

 周囲もその結果に喜んだり絶望したりしていた。その中でも、「もう嫌だ」と涙を流しそうになっている女性がいて、そいつをなぐさめている集団があることに気づいた。周囲でもモニターを見てザワザワしている。


「おかしいでしょ、これ。どういうことよ」

「14組のあれ、女かわいそうすぎるだろう。あれじゃあ一勝もできないんじゃないか?」

「死のグループだわ、あれマジでヤバイ」


 ざわめきが遠くからも聞こえてくる。俺は目をこらしてモニターを見てみた。その男性陣の顔ぶれを見て、俺も驚きの声をあげた。


「BL学園が7人って……おいおい、どんな偶然なんだよ、あれ」


 14組の顔ぶれは驚嘆の一言だった。

 14組の男性陣7名は、全員BL学園のバトルファッカーたちだった。しかも、優勝候補筆頭の榎本選手も入っていた。


「14組の女性陣はかわいそうだな。それで純菜、お前の対戦相手はどうだった?」


 隣に振り向く。

 そこには驚いた表情を浮かべた純菜がいた。彼女はこちらにスマフォの画面を見せながら言った。


「わたしも14組になっちゃったみたい」


 *


 開会式は終わって、その日はすぐに解散となった。

 日曜日。都内まで出てきたこともあって、すぐに帰宅することはせずに遊びに出る選手たちも多い。しかし、俺と純菜は第3武道館内にある喫茶店の中で作戦会議をしていた。


「しかし、純菜が14組になっちまうとはな」


 俺はつぶやいた。

 まさかの展開だった。出場選手1000人を越える最大級の地方大会にあって、まさか死のグループ7名の中に純菜が入ってしまうとは。


「まあでも決まったことは仕方ないよ。最善を尽くすしかないよね」


 純菜はそう言ってニッコリと笑った。

 そこに絶望やあきらめといったものはなかった。しかし、それは彼女がBL学園の実力を知らないからだろう。いくらうちの学校のバトルファック部で敵なしだからといっても、それは井の中のカエルにすぎない。下手な自信を持ったままBL学園の選手と戦ったら、再起不能になるほどイキ狂わされてしまうだろう。


「あったぞ。ほら、去年の榎本選手の動画」


 俺はバトルファッカー御用達の有料動画サイトから目当ての動画をダウンロードし、純菜に見せた。


「すごい。こんなのあるんだね」

「まあ、有名選手のものしかないけどな。この動画は去年の総体の試合をまとめたものだよ。榎本選手が優勝したときの大会だな」


 動画内では榎本選手と相手女子選手がリングで向かい合っていた。

 榎本選手は長身で陰の似合う寡黙な選手として知られていた。無駄口や笑顔を見せずに、ストイックに相手に快感を与え続けるその姿から、BL学園の冷酷悪魔の二つ名で呼ばれている。。


「ほら、この試合も一方的だったんだ。見ろよ」


 動画内では榎本選手が女子選手の唇を奪い、めちゃくちゃに犯していた。

 はやくも目をトロンとさせた女子選手の秘所を手早く責めて、ぐったりしたところで挿入。なかなか諦めない女子選手はさんざんに犯され、泣き叫びながら白目をむいて、最後には潮をふいてビクンビクン痙攣しながら気絶してしまった。


「な、すさまじいだろ。言っておくけど、相手選手も弱いわけじゃないぜ。栄光女学院の3年生で主将をつとめてた人だよ。確かプロバトルファッカーテストにも合格してたのに、この試合の後遺症が残ってそのまま引退しちまった。なんでも、榎本選手みたいな長身の男性を前にしただけで体が震えるようになったっていうんだからな。すごすぎだよ」


 俺がひとしきり解説する。

 その言葉を聞いているのかどうか、純菜は俺のスマフォを食い入るように見つめるだけだった。真剣そうな表情で、なにやらブツブツつぶやいている。


「おい純菜、聞いてるのか」

「あ、ごめんごめん。ちょっと集中しちゃった」


 スマフォから視線を戻し、バツが悪そうに純菜が笑った。


「そんな化け物含めてBL学園7名が相手なんだ。とにかく、無理だけはするんじゃねえぞ」

「無理って?」

「だから、ギブアップは早めにしろってことだよ。いくらお前が強くたって、相手はバトルファックの専門コースで鍛えてる奴らなんだ。専門のコーチが何人もいて、最先端の機械をつかって鍛えてる。だから、無理だと思ったらすぐギブアップするんだ。お前はまだ1年目で、来年だってあるんだからな」

「うん。大丈夫だよ。心配してくれてありがとうね、健ちゃん」

「お前なあ……」


 本当に分かっているのかどうか。切迫感が伝わってこない純菜だった。

 彼女はそのまま食い入るようにして動画に見入った。真面目で研究熱心なのは相変わらずらしい。その向上心は尊重しないといけないだろう。俺はあとで動画をDVDに焼いて純菜に渡してやろうと、そう思った。その矢先、聞きたくない男の声が背後からした。


「ブハハッ。おいおい、こんなところで対策練るとか、焦りすぎだろうがよッ」


 そちらを振り向きたくはなかったがそうは言ってられない。振り返ると、そこにはBL学園の制服に身を包んだ黒宮が立っていた。


「黒宮……なんの用だ?」

「なあに。お前のところの選手が14組に入ったって聞いたからお祝いしてやろうと思ってな。そいつがその運のいい女か?」


 黒宮がじろじろと純菜をいやらしい目つきで見渡した。

 純菜が怯えないかと心配になったのだが、彼女はジっと黒宮を見つめて黙ったままだった。


「俺はあいにくと37組でよお。その可愛らしいお嬢さんをめったくそ犯してやることができないんだが、まあ、うちの先輩方も俺の次には強いから、期待しとけよ」

「お前もメンバーに選ばれてたのか」

「当然だろうが。言っておくが、BL学園の校内選考では、榎本のバカより俺のほうが勝率高かったんだからな? エースってやつだよ」


 信じられなかった。

 こいつ、いつの間にそんなに強くなってたんだ。


「まあ、弱小校は弱小校らしくせいぜいがんばることだな。応援してるよ」


 ブハハッと笑いながら黒宮が去っていった。

 黙ったままだった純菜がようやく口を開いた。


「黒宮くん、変わらないみたいだね」

「知ってるのか?」

「中等部のとき、一度だけクラスが一緒だったんだ。地味な私のことは認識すらしてなかったんじゃないかな。あの人、中等部から自信家だったし」

「まあ、そうだろうな」


 中等部の真面目で地味な純菜と、今のあか抜けた純菜では、もはや別人物といってもよかった。黒宮が気づかなくても当然なのかもしれない。


「とにかく、ほかのBL学園の選手の動画も探してあとで渡すから。それで傾向と対策をかんがえよう」


 俺は言った。


「セコンド役には俺がつくよ。限界と思ったらすぐにタオル投げてやるから、心配するな」


 俺の言葉に純菜は困ったような笑顔を浮かべた。

 やはり内心では緊張して戸惑っているのだろう。俺はそんな純菜の力になりたいと強く思った。



つづく