連絡先を交換してから、僕が勇気を出せるまでには数日が必要だった。

 早く連絡をしなければ、きっかけを失って連絡先を交換しても結局は意味がないことは理解していた。

 何かのインターネットの記事で、合コンで連絡先を交換したらその日のうちになんでもいいからメッセージを送る必要があることも知識としては知っていた。

 しかし、僕は真由美ちゃんにメッセージを送ることができなかった。

 真由美ちゃんは連絡先を教えてくれたものの、それはあの場に他の女の子もいたから僕の対面を考慮して一応連絡先を教えてくれただけかもしれない。

 僕からの連絡なんて、真由美ちゃんにとっては時間の無駄で、迷惑になるかもしれない。

 僕からのラインに対して、既読がついているのに、いつまでたっても返信がないかもしれない。

 そんな不安が僕の心の中にいつまでも残り、ラインのメッセージを書いては消し、書いては消して、悶々と時間を過ごしていた。

 それでも、僕は意を決して真由美ちゃんにラインを送ることにした。

 どうしたって、もうこれ以上、悩むことに疲れ果ててしまっていたのだ。


「こんばんわ。この前はありがとうございました。また近いうちに会えませんか。よろしくお願いします」


 もう悩む機能すらすり減ってなくなっていた僕は、こんなそっけもない、丁寧すぎて逆に失礼なんじゃないかと思うメッセージを真由美ちゃんに送った。

 送ってからまたしても後悔し始めたが、それはもうどうにもならなかった。返事はすぐにきた。


「いいよー。いつにする?」


 僕は狂喜乱舞して返信した。


「いつでもいいです。広末さんの都合のつく日で。基本的に僕はヒマだから」

「どこでもいいの?」

「いいです。広末さんの好きな場所で」


 こんな返信をしたら優柔不断に思われるかもしれないと思いながらも、真由美ちゃんのことをどこに誘えばいいのか全く検討もつかなかったので、率直に答えた。

 しばらく真由美ちゃんの返信が止まった。

 まるで、黙り込んで考えているかのような沈黙だった。

 僕が不安に感じ始めるのと同時くらいに、あっさりとスマートフォンが反応した。


「わかった。じゃ、明日の夜7時、ここにきて」


 簡潔なメッセージ。

 次のラインには、座標のURLが添付されていて、クリックするとどこに行けばいいのか分かった。


「ジャージ、室内用の運動靴、タオルは忘れずにね」

「分かりました」


 それで真由美ちゃんとのラインは終わった。

 僕の部屋にはジャージも室内用の運動靴もなかったから(さすがにタオルくらいはある)、僕は急いで最寄りの百貨店に行ってそれを購入した。

 夜眠りに落ちるとき、僕は明日への期待に心臓がドキドキするのを感じた。

 まるで遠足を楽しみにする小学生みたいな気持ちだった。



 *



 翌日、約束の時間の1時間前に指定された場所に到着した。

 そこはなんの変哲もないビルの前だった。

 どうやらスポーツジムの入っているビルのようで、健康的な女性が健康的に笑って健康的にポーズをとっている広告がでかでかと掲げられている。

 僕は、ジムに来たと思わしき健康的な女の子たちが健康的な歩調で健康的にビルの中に入っていくのを、ただ眺めるだけだった。

 僕みたいな根暗でマッチ棒のように細い男にはまったく場違いな場所で、僕は心細い思いを感じたのを覚えている。

 それでも僕の気持ちは期待に満ちあふれていた。

 真由美ちゃんに会える。

 そのことだけで、僕は幸せな気持ちになれた。


「あれ、良助、はやかったね」


 そうこうしている内に真由美ちゃんが現れた。

 その私服姿は、合コンのときのものとは違って、とても攻撃的だった。

 薄手の肩だしシャツは、彼女の大きな胸をより強調する結果となっており、視線が自然とそこに吸い寄せられてしまう。

 さらに特筆すべきは、そのジーンズ柄のホットパンツだ。

 下着よりも短いのではないかと思われるそのパンツからは、肉付きの良い逞しい太ももが伸びていた。

 小学生の頃と変わらない、若干、褐色の肌が、真由美ちゃんの野性味というか、アマゾネスさをさらに強調していた。

 長く、逞しい脚。

 その太ももは、僕の胴体よりも太いのではないかというような、そんな迫力があった。

 それでも真由美ちゃんが太っているように見えないのは、ひとえに彼女の高身長と、その肩幅の広さだろう。

 とてもセクシーな大人の女性。

 真由美ちゃんは、大学生になって、さらにその強さを増しているようだった。


「なによ、ちょっとジロジロ見すぎじゃないの?」


 真由美ちゃんが怒ったように言った。

 両手を腰にやって仁王立ちになり、僕のことを見下ろしてくる。僕はあわてて言った。


「ご、ごめん。つい」

「ま、いいけどさ。じゃ、いこっか」


 そのまま真由美ちゃんは僕を置いて先に歩き出した。

 健康的な女性が健康的なポーズをとっている広告のビルの中に、躊躇なく入っていく。


「行くって、どこへ?」

「あれ、言ってなかったっけ」

 真由美ちゃんは悪びれもせずに言った。

「わたし、ここのスポーツジムで働いてるんだよね。今日はここで、一緒に運動しようと思って。私が筋トレの方法とか教えてあげるからさ」



 *



 まあ、こんなもんだろうというのが率直な感想だった。

 真由美ちゃんが僕と会うメリットなんてありはしないのだ。

 それでも、僕は真由美ちゃんと会うことができればそれでいい。それ以外に望むことなんて何もなかった。

 僕は真由美ちゃんに言われるがままに、ジムの入会手続きの書面に名前を書き、入会金を支払った。

 案内された更衣室で準備していたジャージに着替える。

 なぜかその更衣室はとても狭くて、ロッカーも5つしかなかった。

 こんな少ない利用者だけで、こんなにも大きなビルを借りるスポーツジムを運営することができるものなのか、僕は疑問に思った。

 はああっと、大きくため息をついて、のろのろと更衣室から出た。

 そこには、既に着替えを終えた真由美ちゃんが待ちかまえていた。


「良助、遅いよ。なにやってんの」

「ご、ごめん」

「まったくもう、はやくこっちきて」


 言うなり、マシンのほうへと移動していく真由美ちゃんだった。

 僕は彼女の姿から目を離すことができなくなってしまった。

 下半身はピチピチのスパッツ姿。

 スパッツの布地が真由美ちゃんの太ももに若干食い込んでいて、逞しく大きなその太ももが、女の子らしい柔らかそうな肉をたたえていることが分かる。

 さらに、上半身はヘソ出しの大胆な衣装。胸の部分は固いスポーツブラでもつけているのか微塵も揺れずに、威圧的に存在するだけだった。

 これから運動をするという目的のためだけに作られたような衣装。僕は彼女の背中を食い入るように見つめた。


「それじゃあ、これからやってみようか」


 真由美ちゃんに促されるまま、僕は簡単なストレッチをすませ、トレーニングルームの機械に案内された。

 それはどうやら太ももの表型の筋肉を鍛えるための器具のようだった。

 座った状態で重りと連動したバーを足で持ち上げるようになっている。

 それがなんという名前なのかは分からなかったが、トレーニングをしているスポーツ選手たちが使っているのをテレビで見たことがあった。


「まずは手本を見せてあげるから、よく見ててね」


 真由美ちゃんは手際よくそのマシンに座り、バーに連動した重りの重さを調整していた。

 さらに、座る位置やバーの位置も調整する。

 それが終わると、真由美ちゃんはおもむろに脚に力をこめて、ゆっくりと、しかも軽々とバーをもちあげた。


「こうやって、反動をつけずに持ち上げて、下ろすときにもいっきにおろすんじゃなくて、太もものこころへんの筋肉で支えるように意識しておろしていくの。こうやって」


 説明しながら真由美ちゃんが何度もバーを上下させる。

 息も切らさず、まったくの余裕の表情で、時折、笑みを浮かべてこちらを見ながら。

 しかし、僕は彼女の脚にしか意識を向けることができなかった。

 彼女の見事な太もも。

 椅子に座ることによってより強調されることになったその逞しくもムチムチの太ももは、マシンの運動によってさらに凶悪なものになっていた。

 重りを持ち上げ、下ろすたびに、真由美ちゃんの太ももやふくらはぎにはくっきりとした筋肉の筋が生まれていた。そのたっぷりとした皮下脂肪の下から、筋肉の塊が自己主張をしている様子は、彼女の強さを如実に物語っていた。

 僕はその光景に目を奪われ、凝視するしかなかった。


「ほら、次は良助の番。やってみて」


 真由美ちゃんに言われて、僕ははっと我に返った。

 真由美ちゃんのことを凝視していたと思われないように、僕はそそくさと真由美ちゃんと入れ替わりにマシンに座った。

 彼女が今まで座っていたことが分かる椅子の暖かみに感動を覚えながら、さきほど真由美ちゃんがやっていたように、バーを持ち上げようとする。

 しかし、まったく持ち上がらない。

 ビクともしなかった。

 僕は一生懸命力をこめて、なんとかあげようとする。


「ふ、、んぐううううう!」


 歯を食いしばってもまったくダメだった。

 どういうことだろと思っていると、隣でそんな僕のことを不思議そうに見下ろしていた真由美ちゃんが、


「あ、ごめんごめん。重り調整してなかったね」


 マシンの重りは僕の体の横にあって、重りの位置を調整するためには、僕の体が邪魔だった。

 それでも真由美ちゃんは特に気にすることなく、僕の体に覆いかぶさって、重りの位置を調整し始めた。

 ぐんにゃりと、すごく大きくて柔らかいものが僕の体で潰れた。彼女の大きな胸が必然的に僕の体をこすり、その柔らかさと、真由美ちゃんの体温と、その脳味噌を溶かすような甘い芳香に僕はノックアウトされた。

 そんな僕を尻目に、重りの位置を一番軽いものに設定してくれた真由美ちゃんが言った。


「これでよしと、さっ、やってみて」

「う、うん」


 僕は真由美ちゃんの体の感触に全身を支配されながらも、さきほどと同じようにバーをあげた。

 すんなりと、バーがあがり、それを下ろした。

 さきほど真由美ちゃんがやっていたみたいに、何度もそれを繰り返す。


「うん、まあ、一番軽いやつだったら、さすがに良助もできるか」

「そ、そうだね。ちなみに、これは何キロなの?」

「10キロだよ。一番軽いやつだから、これであがらなかったらどうしようかと思ったよ」

「ち、ちなみに、さっき真由美ちゃんがやってたときの重りは?」

「え? 確か、100キロだと思うけど? 最初だから、あんまり重い負荷かけるわけにはいかないからさ」


 こともなげに言う真由美ちゃんだった。

 彼女にとって、100kgの重りを持ち上げることは、トレーニング前の準備運動みたいなものだったのだ。

 僕がどんなにがんばってもあげることができなかった重りを、真由美ちゃんは軽々とあげてみせた。その力の違いに、僕はますます真由美ちゃんのことが好きになった。


「じゃ、次はもう少し重いやつにするね」


 言って、また僕の体に覆いかぶさる真由美ちゃん。

 再び大きな体が僕のことを浸食してきて、体の力が完全に抜けてしまう。


「さっ、やってみて。これくらいでちょうどいいかな。軽すぎたら言ってね」


 言われたとおりに体を動かす。

 僕が歯を食いしばって必死に体を動かしている様子を、真由美ちゃんはじっくりと観察してきていた。

 そのマシンが終わると、次。

 そして次と、次々と真由美ちゃんはトレーニングの機械を変えて、自分でまず使い方をレクチャーしてくれて、僕にやらせる。

 そのたびに、真由美ちゃんは、さきほどまで自分が使っていたすごく重い重りから、すごく軽い重りに変えていた。

 それによって男のくせに女の子よりも軽いものしかあげられない感じが強調される。僕はちょっとだけ残った男としてのプライドが刺激されるのを感じるのとともに、真由美ちゃんの無尽蔵の体力にさらに心を引かれるのを感じた。


「うん、これで1サイクル終了だね」


 僕がぜいぜいいいながら、最後の1回を終えるのを見て、真由美ちゃんが言った。

 胸筋を鍛えるためのマシン。最後の1回には既に腕があがらないほどに消耗していた。ぷるぷる震える腕でなんとか終えてから、僕は立ち上がった。

 肩で息をしながら、半ば放心状態の僕。

 そんな僕のことを、真由美ちゃんは涼しげな顔で見下ろしていた。僕よりも負荷の強い運動をしているのに、真由美ちゃんはまったく疲れた様子を見せなかった。筋肉の運動によって、彼女の体がさらに生き生きとしているようにも感じられた。


「それにしても良助、あんたってほんとに力ないね〜」


 真由美ちゃんがしみじみと言った。


「まだ1サイクル目だっていうのに、もう限界って感じじゃない。わたしの妹よりひどいわ。もしかすると、このジムに通っている人の中で、良助が一番弱いかもよ」

「そ、そんなこと言われても、僕は今まで運動らしい運動なんてしてこなかったし……第一、こんなジムに通うような人たちに、僕が勝てるわけないじゃない」

「呆れた。女の子の中で一番力が弱いことを当然のように感じているあんたの根性に驚くわよ」

「ん?」


 僕は疑問に思った。

 さきほど真由美ちゃんは、女の子の中で一番力が弱いといった。ジムには男性だって通っているはずなのに、なんだって女の子の中で一番弱いという表現になるのだろう。

 そこに違和感を感じて、僕はジムの中をぐるりと見渡してみた。

 そこには、女性しかいなかった。

 若い女性たちが中心となっているが、男性の姿は一人もなかった。


「あれ、ひょっとして気づいてなかったの?」


 真由美ちゃんが言った。


「このジム、原則的に女性会員しか入会できないんだよ。男は、会員の紹介と責任者の許可があって例外的に入会できるって、そういうルールなんだ。今まで男の会員って入会許可されたことないから、良助が唯一の男の会員なの」


 衝撃的な事実だった。

 そのことを念頭に入れて周囲を見てみると、やはり女性しかいない。しかも、その女性たちは、僕がやっていた機械をなんなく操り、僕の使っていた軽い重りを使用している人なんて一人もいなかった。

 どう見ても僕よりも幼い感じの少女も、精力的な汗をかきながら、力強く運動している。


「でも、僕はすんなり入会できたけど、大丈夫だったの?」

「どういうこと?」

「いやさ、紹介は真由美ちゃんにしてもらったとしても、責任者の人の許可が必要だったんでしょ。僕みたいな運動する習慣もなかった人の許可なんて、すんなりおりたのかなって」

「あ、なんだ。そんなこと……」


 真由美ちゃんが何かを言いかけた。

 そのときに、僕らの横を通りがかった妙齢の女性が、真由美ちゃんに声をかけた。


「あら、ジム長さんではないですか、お久しぶりです」

「あ、関川さん。お疲れさまです」

「その子はジム長さんの知り合いなんですの?」

「ええ、そうなんですよ。小学校のときに一緒のクラスで……」


 ひとしきり、真由美ちゃんとその女性との会話が続いた。

 関川と呼ばれた女性は、身なりもしっかりしていて、どことなく気品があり、大人の女性といった感じだった。

 そんな女性に、真由美ちゃんは敬語で喋りかけれていて、それより何より、真由美ちゃんのことをジム長と呼んでいて……。

 僕は、会話が終わり、関川さんと呼ばれた女性が立ち去ってから、真由美ちゃんに対して言った。


「え、ジム長って……どういうこと?」

「あ、それも言ってなかったけ。私、このジムの経営者なの」

「ええええッ!」


 驚きのあまり絶句してしまった。


「経営者って言っても、雇われ店長みたいなものだけどね」

「そ、それでも十分すぎるほどスゴいよ。だって真由美ちゃん、大学生でしょ?」

「まあそうなんだけど」


 真由美ちゃんが、ふふっと笑ってから言った。


「最初、バイトで入ったんだけどね。うちの会社は全国的に女性専用のスポーツジムを展開してるんだけど、完全な実力主義でさ。年齢に関係なく、優秀で、強い人が上にいくシステムなの。がんばってるうちに、去年かな、このジム任せてもらうことになってさ」


 こともなげに言う真由美ちゃんだった。

 それがどれほどのことか、真由美ちゃんは自覚すらしていないようだった。

 まだ大学生の女性が、こんなにも大きなジムの責任者として、経営に参加しているなんて、普通だったら冗談にしか聞こえない話しだ。

 でも、それが真由美ちゃんであるならば、さもありなんと感じられてしまうのだから不思議だった。

 体力だけではなく、知性でも、真由美ちゃんは格段の能力をもっているようだった。体力もなく、頭だって悪い僕とは、まったく存在からして違う、そんな印象をもった。


「まあ、とにかく、まだ1サイクルなんだから、次いくよ」


 しげしげと真由美ちゃんのことを眺めていると、真由美ちゃんが両手を腰にやって、仁王立ちのまま言った。


「え? もう一回って、なにが」

「トレーニングだよ。まさか、あれで終わりだと思ってないでしょうね」

「え、終わりじゃなかったの?」

「終わりなわけないでしょう。まったく、最低でもあと2サイクル。ほら、とっととやるよ。私も付き合ってあげるから」


 真由美ちゃんにかりたてられて、さきほどの運動を繰り返すことになってしまった。

 真由美ちゃんがまず、運動して、その次に僕がやる。

 真由美ちゃんの重りはさらに重くなり、それでも彼女はそれを余裕の表情であげていく。筋肉の脈動は大きくなり、太ももから伸びる柔らかそうな筋が、ぐいっと皮下脂肪から盛り上がっていく。

 胸筋のトレーニングのときには、その大きな胸がプルンと震え、その下の筋肉がぐいっと力をもつのを感じた。

 僕の体と真由美ちゃんの体とのあまりの違いに、僕は絶望的な気持ちになっていった。

 それでも、僕も真由美ちゃんのようにトレーニングを続ければ、少しはましになるのではないかと、期待に胸をふくらませていた。


(続く)