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明日香の締め落としは続いた。
道場は男たちの悲鳴と叫び声で満ち、地獄のような様相を呈していた。
英雄が明日香に注意すると、彼女は締め落としを一時中断してくれる。
しかし、すぐにニコニコ笑いながらスパーリングを始め、またしてもその逞しい太ももで男の意識を刈り取り、最後には見せしめのために吊すのだ。
(このままじゃ、ダメだよな)
締め落としはやまない。
吊すこともやめない。
こんな状態が正常でないことは明らかだった。
どうしようか。
英雄は思い悩む。
脳裏に浮かぶのは師範の言葉だ。
(明日香のやっていることを止めるなって、これのことだったのか?)
締め落としと、吊し上げ。
それを止めるなと師範は言っていたのだろうか。
しかし、なぜ止めてはいけないのか理解できなかった。
明日香の加虐趣味は暴走している。
無邪気に、なんの悪気もなく、男たちを締め落として楽しんでいる初等部の少女。
おそらく急成長した自分の体に精神の成長がおいついていないのだろうと、英雄は予想する。強さを手にした人間には配慮すべき一線がある。幼い明日香にはそれが分からないのだ。
(誰かが、注意して、明日香を正しい道に導いてやるべきだ)
英雄は決意していた。
明日香を正しい道に導いてあげることができるのは自分だけだと思った。
師匠師匠と慕ってくれる可愛い妹弟子。
彼女のために、きちんと注意をしよう。
正しい道に戻してやろう。
英雄はそう決意していた。
*
「え? 締め落としは禁止、ですか?」
道場の中。
いつものように明日香が男たちを締め落とそうとした時、英雄がそれを制止した。
「そうだ。さすがに明日香はやりすぎだよ」
堂々と英雄は言った。
道場の中で対峙する二人。
体格差は明らかだった。
道着からこぼれそうになっている明日香の大きな胸と、ムチムチの太ももが、威圧するように英雄に迫ってくる。
しかし、英雄としても一歩も引くつもりはなかった。
これは明日香のためなのだ。
肉体的な強さを手に入れて自分を見失ってしまっている明日香。正しい道に戻してやらなければならない。その一心で、英雄は明日香に話しかけていた。
「もうこんなことは止めるんだ。明日香は、もっと謙虚に、周りに感謝しながら練習をするべきだよ」
「・・・・・・でも、あの人たちが弱いのが悪いんです。口だけで、まじめに練習もしてないですし」
「だからって、締め落としたり吊したりするのは違うだろう。やりすぎだよ、明日香は」
「・・・・・・・」
英雄の言葉に、明日香は下を向いて黙り込んでしまった。
その反応は年相応の幼い少女のものだった。
精神的な未熟さ。それを教えさとしてやろうと英雄は決意を固くする。
「そもそも、なんで明日香はほかの男のことを締め落とすんだ?」
「え?」
「執拗に男を絞め落とすことには、何か目的があるんじゃないか?」
疑問。
それは明日香と再会した時から感じていたものだった。
毎日毎日、飽きもせずに男たちを締め落とす明日香の目的はなんなのか。英雄としても気になっていたところだった。
(ひょっとすると、彼女なりの指導の一環なのかもしれない)
強くなった彼女が、自分よりも劣った男たちに奮起を促すため、あえて鬼になって締め落としを継続しているのかも。しかし、明日香からかえってきたのは信じられない言葉だった。
「そんなの、楽しいからに決まってるじゃないですか」
無邪気。
少女がニコニコ笑って言葉を続けてくる。
「偉そうにしていた男の人が、明日香に手も足も出ずに負けて、絶望に染まった顔で苦しんでいるのを見ていると、とても楽しいです」
「・・・・・・」
「太ももで締め付けて顔真っ赤にさせるのも好きですし、白目むいてダランって体から力が抜ける瞬間も大好きです。ちょっと締め付けただけでバタバタ暴れてタップしてくるのなんかも楽しいですし、許してくださいって命乞いしてくるのもそそります」
「・・・・・・」
「それに、なんといっても吊した時の反応です。みんな年下の明日香より小さいので、足が地面につかなくてバタバタ暴れてお魚さんになるんです。首を締めながら吊すとピチピチ跳ねたお魚さんになって、白目むいて口から泡吹きながら気絶するんですが、それをジっと観察するのが楽しいです。いっしょうけんめい暴れていたのが、気絶してダランって体から力が抜けて、私の手の中でビクンビクン痙攣しているのを眺めていると心がポカポカします」
「もういい」
英雄は決意していた。
明日香にはお灸が必要だ。
弱いものをいたぶって楽しむなんていう邪道から目を覚まさせてやらなければならない。
「明日香、俺と勝負しろ」
「え?」
「スパーリングだよ。明日香には、自分よりも強い相手が世の中にはごまんといることを教えてやる」
つづく