増田千鶴と町田弘樹は単なるクラスメートである。
私立学校の2年生。4月にクラス替えがあり、2人は同じ教室に籍を置くクラスメートになった。
本来ならば2人はなんの接点も関わり合いもなく卒業していったことだろう。
しかし2人の名前が、増田千鶴と町田弘樹を結びつけることになった。
増田千鶴、出席番号30番。町田弘樹、出席番号31番。
この学校では、4月の最初の席順は、その出席番号によって決められており、それに伴うクラスでの席の位置づけが2人を結びつける事になったのである。
町田弘樹の前の席が増田千鶴の席。本来ならば関わり合いのなかったであろう2人が、それ故に親密な付き合いをすることになる。
(かわいい)
町田が前の席に座る千鶴を見た第一印象は、ただその一言につきた。
場所は2年B組の教室であり、4月のクラス替え。さきほどその顔合わせでえあるHRが終わって、ゆったりとした空気の流れる休み時間である。
町田は前に座る千鶴を見つめる。
染めたわけではない、天然の少し茶色がかった髪。それが肩より少し長めにそろえられており、なんともいえない色気をかもしだしている。
制服であるブレザーが背中に密着しており、ブラジャーの線がくっきりと見えている。
身長は平均的だが、肩幅が広く、その身長以上に彼女の体を大きく魅せていた。
肩幅が広いといっても女らしさを失わせるということはなく、むしろその逆で……、
(それに胸も……大きい)
ブレザーを突き破ろうしている巨乳、それを支えるために肩幅が広いということができよう。
今は4月であり、着ている制服は冬用の厚いもの。
その上ブレザーの下にはセーターも着込まれているのだが、それでもなおその大きな胸は隠しきれないようで、明確なラインを主張している。
少し小柄な体。その体にはにつかないほどの巨乳は男の視線を否応なく引き付けていた。
「ねえねえ、えーと……町田くん……だよね?」
「え、あ……うん」
突然、千鶴が後ろに振り向いたかと思うと、町田に話しかけてきた。
美人というよりは可愛いという感じの愛らしい顔付き。そして気さくで人見知りのしないような笑い顔を町田にむけてくる。
「町田くんって、野球部なんだよね?」
「え? うんそうですけど……あれ? 増田さんと僕って初対面でしたよね。なんで僕が野球部だって……」
「だって私、ソフトボール部だから。たまに野球部とはグランドで一緒になるでしょ?」
そう言うと千鶴は完全に町田の方へ体を向けた。
豊かな胸のラインと、細すぎず太すぎずの脚線美が町田の目に飛び込んでくる。
(うわ。増田さんの脚、ムチムチっとしてて……)
「ん? どうしたの?」
「え? い、いや……なんでも……」
自分の視線に気付かれたのかとビクつく町田。千鶴は、変なの、と笑いながら話を続ける。
「それで町田くんのポジションってどこなの?」
「え〜と、僕はキャッチャーなんですけど……」
「え! 本当!?」
途端、びっくりした様な顔で目を見開く千鶴。
「はい。そうですけど」
「私、ピッチャーなの」
「え? ソフトボールの?」
そうだよ、と頷く千鶴。
町田はそんな千鶴の顔を見ながら、去年聞いたソフトボール部の噂を思い出していた。
(確か、女子ソフトボール部にすごいピッチャーが入って、男子ソフトボール部にボロ勝ちして、グランド使用権の主導権を握ったとかいう……)
「それじゃあ、増田さんがソフトボール部に入った、すごいピッチャーだったんですか?」
「ん〜、すごいかどうかは分からないけど……あ。もしかして男子のソフトボール部に勝った時のピッチャーってこと? だったら私で間違いないよ」
えへへ、あどけなく言ってのける。その愛くるしい表情からは、その片鱗を覗くことも出来なかった。
「じゃあすごいじゃないですか。だって男子のチームに勝ったんですよね」
「う〜ん、別にすごいとは思わないけど……県大会でベスト8に入ったっていうから強いんだろうな〜と思ってたけど、とっても弱かったよ」
そんな事はたいしたことではない、勝ったといっても別に騒ぐことじゃないといった様子。
「私、球種がドロップとライズボールがあるんだけど、変化球を使わなくても楽勝だったし。だってあの人達、私のストレートにカスリもしなかったんだよ? それで完全試合……えへへへへ、男の先輩達、泣いて悔しがってたな〜」
ニコニコと笑い続ける千鶴。そこにはなんの悪意も見て取れず、無邪気な様子で言葉を続けていた。
しかし千鶴の言葉は本当だろうかと、町田は思う。
千鶴は身長も大きくなく小柄といってもいい。それにこんな可愛くて守ってあげたくなるような女の子が、そんな芸当ができるとは思えなかったのである。
「あ、でも今、男子と戦っても完全試合は無理かもしれないな〜」
「え? なんで……増田さん、ケガでもしたんですか?」
「いやそういうわけじゃないんだけどね? 多分1回で終わっちゃうと思うの。そんなのないけど一回コールドみたいな。だから参考記録扱いになっちゃうかな」
「それってどういう……」
「うんとね。私達の攻撃がずっと続くから。1年生が今年6人入ってきたんだけどね? もうその6人がすごいの。バッティングでも私よりは打てないにしても即戦力なんだから……男子のピッチャーって松平っていう先輩なんだけどね? その人じゃアウト一つもとれないんじゃないかな」
ニコニコとやはり笑いながら話し続ける千鶴。話しているうちに身は前のりになって、今では町田の机に両肘をつけて町田に接近している。
身を乗り出しているので、千鶴の豊かな胸が机にのっかり、下から押し出され、さらに巨乳ぐあいが強調されることになっている。
町田はそこに目線がいくのを、なんとかくいとめながら、
「へ〜、じゃあ今年の女子ソフト部はめちゃくちゃ強いんですね。全国とかいけちゃうんじゃないですか?」
「う〜ん、まあそれはまた別問題だと思うんだけどね? …………それにしても」
「え、なんです?」
「てい!!」
「むぐ!?」
突然、千鶴は身をさらに乗り出すと、町田の両頬をつかんで引っ張った。
困惑する町田。両頬をつかんでいる腕の力はなかなかに強く、町田は目の前に接近した少し怒った感じの千鶴をただただ見つめることしかできない。
それになんだか町田は、その千鶴の手に触られている所からなんともいえない快感が生まれているのにも気付き、その感覚に酔いしれている感じでもあった。
「私は留年していません」
「ひゃ?」
「高校浪人もしていません」
「ひゃ?」
「私とあなたは同じ年です」
「ひゃあ」
「だから私に敬語は必要ありません」
「…………」
千鶴は町田の顔をじーと見つめると、ふふふ、と急に笑いながら。
「分かった?」
やわらかい、優しい声でそう言う。その笑顔は天使のような笑顔で、町田は、自分の心がドクっと脈打つのが分かった。
「うん、分かった」
「よろしい」
千鶴は、よしよしといった具合に頷きながら、町田の拘束を解く。
「えへへへ、これからヨロシクね。町田くん」
「う、うん」
町田は頭がポーと真っ白になりながら、ただただ頷くことしかできない。町田は出会って10分もしないうちに、千鶴に堕とされてしまったのである。
(続く)