「ふ〜、疲れたね〜」
「そうだね。もう日も暮れちゃってるし」
夜の学校。時刻は7時を過ぎており、もう外は暗闇に染まっていた。それにも関わらず、町田と千鶴の2人は自分達の教室に残っている。
教室には2人の姿しかなく、おそらく学校の校舎内に残っている生徒はこの2人だけだろう。
辺りはシンと静まり、周りに他の人間がいないことを教えてくれる。
なぜこの2人がこんな夜遅くに、部活でもなく学校に残っているかというと、それは今日の日直はこの2人であり、運悪いことに2人は今日行われた生徒会によるアンケートの集計を担任から任されていたからである。
そのアンケートはかなりの分量があり、この時間までやっても今だに終わらない。さすがの千鶴も疲れているようで、その様子が表情からも見て取れた。
「ねえ、町田くん。ちょっと休憩しない? アンケートの集計、まだ半分くらいあるんだしさ。休んでそれからイッキにやっちゃおうよ」
「うん、そうだね。そうしようか」
町田の言葉に、千鶴は「やった〜」と言いながら、机に突っ伏すように上半身をもたれかける。机に突っ伏して眠るような感じで、ふう〜と息をはく千鶴。
(うわ、増田さんの胸、机につぶされて……めちゃくちゃ柔らかそう)
町田は千鶴の胸を凝視する。制服の上からもはっきりと分かるその巨乳が、机に突っ伏すことによって、ぎゅうっと潰れている。
町田は目の前で幸せそうに目を瞑っている千鶴を穴があくように見つめ続けていた。
(すごく可愛い……だけど……)
千鶴を見つめる目線はそのままで、町田は何か、千鶴に対して劣等感のようなものを感じていた。
先日の体力測定で完膚なきまでに負けた件。それは握力や50mだけではなく、他のすべての項目で町田は千鶴にボロ負けしていたのである。
(男の僕が、女の子の増田さんに負けるなんて……)
町田はこのように、千鶴に対して恐れのようなものを感じてはいたのであるが、それでも千鶴のことが好きだという感情は変わらなかった。
だから町田は、今も目を瞑って休憩している千鶴のことを見つめ続けている。いつもはチラチラと盗み見る程度なのだが、今は千鶴に気付かれる心配も、周りの人間に気付かれる心配もない。
町田は、千鶴の顔、胸、太ももなどを興奮した面持ちで見つめ続け、
「そうだ、町田くん」
「え、な、なに?」
急に上体を起こし、町田のことを正面からみつめてそう言う千鶴。町田は自分の視線に気付かれたのではないかとビクつくが、それは杞憂だったようで、
「ねえねえ、腕相撲しない?」
「え……いきなりどうしたの、増田さん」
「ほら、今日、月曜日で部活は禁止、家で勉強しなさいっていう日でしょ? いつもだったら自主練とかするんだけど、今日はアンケートの集計でできないしさ。体がなまっちゃって……だから」
ダメかな? と首を横にかしげながら、手を組んでお願いしてくる千鶴。そんな表情をされて、町田が断れるはずもなく。
「いや、いいよ。やろうか、腕相撲」
「ほんと? ありがとう町田くん」
えへへ、と笑いながら、腕のストレッチを始める千鶴。腕を上にあげ、肘をつかんで肩の筋肉を伸ばす。
その際、千鶴の上半身は後ろにそるような形になっていて、千鶴の胸がグイっと前に押し出る。その結果、今にも制服が破れてしまいそうなくらいに、ピチピチに胸がはりつくことになった。
(く、すごい胸……いやだけど今は腕相撲に集中しなくちゃ。いくら握力でボロ負けしたっていっても、さすがに今回は……腕だけの力だけだし、男としてなんとしても勝たなくちゃ)
町田は千鶴の細い腕を見てみる。女の子にしてはふくよかな感じの腕だが、しかしそれは自分のソレとは明らかにサイズが異なっている。それを見て、町田は腕相撲に対する自信を深めていた。
(握力ではボロ負けしたんだ。ここはとにかく見返しておかないと)
手加減などしない。最初から全力で圧勝してやる。町田の目からはそんな感情がありありと見て取れた。
「それじゃあ始めようか町田くん」
左肘を机につけ、スタンバイの姿勢をとる。長袖のブレザーをまくりあげて、二の腕の部分まで素肌が見えるようになった。
その美しい二の腕に、町田は心を揺さぶられながら、千鶴と同様に左ヒジをつけ、千鶴の左手を握ったのであるが、
「うわ!?」
「ん? どうしたの町田くん」
突然、驚きの声をあげる。それは千鶴の手を握ったと同時にあがった声だった。
「い、いやなんか、増田さんの手、握っただけで、なんかとても気持ちよかったから……」
「ああ、そういうことか」
千鶴は、えへへへ、と笑いながら、空いている右手を広げて、手の平をみせるように前にだした。
「なんか私の手って他の人と違うみたいでね? まずすっごい丈夫なの。バットとか振ってもマメとか作ったことないしね。それにウチのお姉ちゃんが言うには、手の平に限らず、私の肌ってすごいキメが細かいんだって、ほら」
千鶴は、いきなり町田の頬を触ってくる。そしてそのまま撫でるように、町田の頬をサワサワと愛撫する。
「あ、はあーー、あ」
「えへへへ、気持ちいでしょ」
サワサワと町田の頬を撫で続ける千鶴。町田はその手の感触に心を奪われ、千鶴のことを見つめることしかできなくなってしまった。
「私に撫でられるとね? とっても気持ちよくなっちゃうみたいなの。ほら、今の町田くんみたいに、目をトロンとさせちゃって、何も考えられなくなってるみたいに……」
サワサワサワ。
「は〜〜〜〜」
町田は歓喜の声をあげる。明らかに感じているらしく、さきほどから町田の背筋はビクンビクンと跳ねていた。
千鶴の手が頬を撫でるたびに、町田の頭に快楽が流れ込み、その快感が全身へと流れていく。頭が真っ白になって何も考えられない。そんな町田のことを、千鶴はニコニコと笑いながら見つめている。
「はい、これぐらいでいいよね」
「あ……」
右手を離す。悪戯っ子のような目付きの千鶴。
町田は捨てられた犬のような目で、千鶴に続けてくださいと哀願していた。そうなることが分かっていて撫でるのをやめた千鶴は、ニコニコと笑いながらそんな町田の目を覗き込んでいる。
「ん? どうしたの町田くん。私、撫でるのをやめただけだよ?」
「あ、うん……」
「ふふふ、町田くん。もっと撫でて欲しい?」
「え?」
「私のこの手で、もっとサワサワ撫でて欲しいのかな?」
えへへへ、と笑いながら、右手の見せる千鶴。町田は期待のこもった目で千鶴のことをみつめる。
そんな犬のような町田を見て、千鶴はニヤっという笑顔をみせながら。
「私に腕相撲で勝ったら、好きなだけ撫でてあげるよ。目がトロンとなって、体に力が入らなくなるまで撫で回してあげる。えへへへ、この前撫でてあげたお父さんみたいにね。すごかったんだよ、お父さんったら。私が撫でてあげたら、涎まで流してふにゃふにゃになっちゃったんだから。それで最後なんか、千鶴〜千鶴〜って私の名前しか言えなくなっちゃって……」
じゃあやろうか、と千鶴は左手に力をこめる。町田はさきほどの千鶴からの愛撫の余韻が冷め切らぬまま、しかし決意を新たにする。
(勝たなくちゃ、絶対に勝たなくちゃ)
それほどまでに千鶴の愛撫は魅力的だった。それに千鶴に勝つことは、自分のプライドを取り戻すことにもなる。
男と女。構造上、男が女に負けるはずがない。
ソレは町田だけでなく、千鶴もそう思っているようで、負けず嫌いの千鶴は最初から負けるつもりはなかったが、しかし最後には自分が負けるのだろうと、そんなふうに考えていた。
「まあ、男と女じゃ勝負にならないと思うけどさ。よろしく頼むよ町田くん。えへへへ、私に勝ったら約束どおり、町田くんの体中を撫で回してあげるからね。気持ちいいぞ〜」
「ゴク」
息をのむ町田。期待に胸をおどらされながら、早速腕相撲を開始することにした。
「じゃあいくよ。よ〜い、どん」
(続く)