ずぶ濡れになって家に戻った。

 夕ご飯も喉を通らなかった。

 僕はベットで寝転がりながらも、目だけはぱっちりとあけて天井を凝視していた。

 寝ようと思っても寝れなかった。

 瞼をとじると玖留美ちゃんと鯉の映像が浮かぶ。

 さきほどまでの川での光景だけではなく、行ったこともない玖留美ちゃんの家の台所の光景まで脳裏に浮かんでしまった。

 包丁をもった玖留美ちゃんがニンマリと笑っている。まな板の上で暴れ回る鯉の姿が、目の前に浮かんでくる。そうなるとそれ以上目を閉じていることはできなかった。僕はまんじりすることもできずに、目をカっと見開いて、天井を凝視することしかできなかった。

 きっと大丈夫なはずだった。

 玖留美ちゃんは鯉を食べるとか言っていたけど、きっと大丈夫なはずだった。

 僕はそのことだけを願い続けていた。

 根拠はなかったが、そう考えないことには頭がおかしくなってしまいそうだった。

 その日は一晩中、玖留美ちゃんの姿が頭からはなれず、ドキドキしながらベットの上で寝転がるだけだった。


 *


 一睡もできないまま夜があけた。

 学校に行くのが怖かったが行くしかなかった。

 玖留美ちゃんに会うのが恐ろしくてならなかったけど、会わないわけにもいかなかった。

 確認をしなければならない。

 釣り上げた鯉をどうしたのか。

 それを確認しないことには何も手がつかなかった。

 僕は教室に入ってきた玖留美ちゃんに声をかけた。


「く、玖留美ちゃん」


 しかし、彼女は僕のことを無視して女友達に「おはよう」とあいさつをするだけだった。

 僕が存在しないかのように振る舞う玖留美ちゃん。

 玖留美ちゃんにあいさつをされた女子が「いいの? 彼氏よんでるけど」と声をかけるのだが、玖留美ちゃんは「いいのいいの」と言うだけでこちらを見ようともしなかった。

 彼女のもってきた大きな弁当箱だけが、妙な胸騒ぎとして僕の中に打ち込まれただけだった。


 *


 給食の時間になった。

 僕は怖くて怖くて仕方なかった。

 授業中も教師の言葉なんていっさい頭に入ってこなかった。僕は玖留美ちゃんの姿を盗み見しては悶々とした気持ちを募らせるだけだった。

 その日の玖留美ちゃんはいつもと違っていた。

 いつもなら休み時間ごとに男子虐めをして、小さな男子をその豊満な体で食べてしまうのだが、今日はいっさいそんなことをしなかった。
 
 普段なら授業中であろうがおかまいなく、男子や教師を食べて楽しんでいた玖留美ちゃんが、今日は大人しく授業を受けるだけだったのだ。

 そんな彼女は初めてで、僕だけではなくクラス中の男は皆、戦々恐々としていた。

 これから何かとんでもないことが起こるのではないか。

 そんな漠然としながらも強烈な恐怖感に苛まれながら、給食の時間を迎えた。


 *


「小太郎」


 一言。

 その言葉にビクンと体をふるわせて声のした方を振り向く。

 そこには、早くも机を寄せて、ご飯を食べる準備を整えている玖留美ちゃんがいた。


「はやくこっちにきなさい」

「う、うん」


 僕は急いで給食を準備して玖留美ちゃんの所へ走った。

 すでに僕が座るための机まで準備されていた。

 玖留美ちゃんの机の真向かい。まるで処刑台のように見える机と椅子が、僕のために置かれていた。

 まわりには他の女子たちがいて、こちらをニヤニヤしながら眺めていた。僕は恐ろしい肉食獣たちを前にして戦々恐々とするしかなかった。


「じゃあ、食べようか」


 玖留美ちゃんが言った。

 しかし、彼女の机に給食はなかった。何も乗せられていないのだ。どういうことだと僕は疑問に思った。


「く、玖留美ちゃん」

「なによ」

「あの、給食は? 準備まだなら僕がもってこようか?」


 瞬間、玖留美ちゃんがニンマリと笑った。

 その笑顔に僕の体は硬直して動けなくなる。


「わたしの分の給食はいらないのよ」

「な、なんで?」

「ほら、お弁当をもってきたからさ」


 玖留美ちゃんがカバンから大きな弁当箱を取り出した。

 それは大きな弁当箱だった。これまで学校に持ってきたものよりも格段に大きい。

 これなら鯉が一匹入ってもおかしくない。

 ドクンと心臓が脈打った。


「うわ、玖留美ちゃん、それ食べるの?」

「ちょっとちょっと、学校にそんな大きな弁当って、自由すぎるでしょう」

「食いしん坊の玖留美ちゃんはついに学校の給食に満足できなくなってしまったのだった」


 女子たちが姦しく話している。

 そんな中でも玖留美ちゃんは僕の顔を真正面から見つめてくるだけだった。ニンマリとした笑顔で僕の怯えた顔を凝視してくる。


「ねえ、玖留美ちゃん、そんな大きな弁当箱に、何を入れてきたの?」


 女子が核心に迫る質問をした。

 玖留美ちゃんが答えた。


「ん? 鯉だよ鯉。鯉の料理が入ってるんだ」


 笑顔だった。

 僕の体がビクンと震えた。

 うまく現実を理解できない。目の前のことが妄想なのか現実なのか判然としなかった。玖留美ちゃんたちの声がどこか遠くから聞こえてくる。


「こいってあの鯉のこと? 鯉のぼりの?」

「ちょっと鯉のぼりは食べれないでしょー」

「でもあの鯉なわけでしょ。鯛焼きみたいなやつだっけ? ってそれは鯛か、あはは」

「でも、なんで鯉なわけ?」


 姦しい女子たちの声に玖留美ちゃんが答える。


「ちょうどよく手に入ったの。すごく丸々太った鯉でね。おいしそうだから、今日のお弁当にしてもらったってわけ」


 見る?

 そう言って玖留美ちゃんが弁当箱を開いた。

 中には料理が入っていた。てんぷらが多い。その中身はすべて鯉だ。切り身が焼かれている。それは焼き魚にしか見えなかった。雑多な料理が次々と現れる。一段、二段と続き、そして最後の三段目。それをあける瞬間、彼女の瞳が嗜虐的に光った。


「じゃーん、最後は鯉のカブト焼きだよー」


 三段目。

 そこには鯉の頭が丸々入っていた。

 目が白く濁っていた。当たり前だ。死んでいるのだ。死んで頭を切り落とされて焼かれてこれから玖留美ちゃんに食べられてしまう。

 鯉の頭だった。それだけが原型をとどめていた。僕の鯉の末路。昨日まで川を元気に泳いでいた鯉がこうして殺されてしまった。それが実感として分かった。


「ヒ-----ッ!」


 僕の口から悲鳴がもれた。

 それは一人でに漏れた甲高い悲鳴だった。

 驚いた表情を浮かべる女子たちの中で、玖留美ちゃんだけがニンマリとこちらを凝視していた。


「それじゃあ、いただきまーす」


 玖留美ちゃんが手をあわせた。

 はしをもつ。

 そのまま、一段目と二段目の料理をむさぼり喰っていった。大きな口をあけて大量の鯉料理を口にふくむ。口をあけた瞬間、目の前に座った僕の視界には、彼女の口の中が見えた。赤い肉とキラキラ光る白い歯。その肉食獣みたいに大きな口で鯉料理にくらいつき、それを丸飲みして口の中に含んでしまう。そして、それをもぐもぐと咀嚼していくのだ。玖留美ちゃんの口の中で、鯉がぐちゃぐちゃに噛み砕かれていくのが分かった。彼女に食べられてしまっているのだ。玖留美ちゃんはそれを僕に見せつけてくるようだった。もぐもぐと咀嚼をしている時、彼女はじっと動けない僕の瞳を見つめてきた。口を大きくあけて鯉の切り身にかぶりつく時も、じっと僕を見つめながら「ほーら食べちゃうよー」と語りかけるようにして食べていくのだった。

 食べられていく。

 鯉が玖留美ちゃんに食べられていってしまう。

 僕は「ひいひい」言いながらそれを凝視することしかできなかった。瞳からは涙がぽろぽろと流れて止まることを知らなかった。鼻水も出て顔を汚くさせていく。


「ちょっとちょっと、こいつどうしちゃったわけ?」

「泣いてるんですけど、玖留美ちゃんがご飯食べるの見て泣いちゃってるんですけど」

「ねえねえ玖留美ちゃん、こんどはなんのプレイしてるの? なんかすごい変態臭がするんだけど」


 姦しい女子の声も遠くかすんでいた。

 僕の意識は玖留美ちゃんだけに集中していた。

 彼女はすごい勢いで鯉料理を平らげていった。昨日まで元気に泳いでいた鯉の肉にかぶりついて、その獰猛な食欲を満たしていく。

 信じられない量の食事を信じられないような速度で食べていった。

 こんな大きな弁当箱の中身を一人で食べるなんて普通だったら無理だ。4人家族でようやく食べきれるくらいの大量の食物。それを玖留美ちゃんは一人で、あっという間に平らげていくのだった。

 鯉一匹。

 それをすごい勢いで食べていってしまう玖留美ちゃん。

 食べながらニンマリと笑う彼女を見て、僕はとてつもなく興奮している自分を発見していた。

 当然、哀しい。

 悲しくて、哀しくて、もう一人の自分が失われた気持ちになってどうしようもなかった。心にぽっかり穴があいて、決定的に自分の中の大切なものが奪われてしまった気持ちになる。

 それでも僕の一物は固くなっていた。

 今まで経験したことのない勃起だった。

 僕は自分でも訳が分からないまま、悲しくて泣きながら興奮して勃起していた。


「あ、もう最後ね」


 玖留美ちゃんが言った。

 一段目と二段目はあっという間になくなってしまった。残っているのは三段目だけだった。

 鯉のカブト焼き。

 面影のある鯉の頭だ。

 玖留美ちゃんはそれを豪快に手にとった。


「いただきま~す」


 そのまま口を大きくあけた。

 顎がはずれてしまいそうになるほど大きく口が開く。

 玖留美ちゃんはそのまま鯉の頭すべてを一口で丸飲みするみたいに口の中に入れてしまった。

 彼女の頬が冗談みたいに膨らむのが見えた。

 鯉の頭の姿はもうどこにもなかった。

 鯉という存在自体が玖留美ちゃんの大きな口の中で最後の時を迎えようとしているのだ。

 僕の下半身がビクンと痙攣するのが分かった。


「・・・・・・・・・・・・」


 玖留美ちゃんがニンマリと僕のことを見つめてきた。

 そして、まるで合図でもするかのように彼女の嗜虐的な瞳の輝きが増した瞬間、


 べぎばぎべぎいいいッ!

 バギッベッギイイイイッッ!


 噛み砕いた。

 玖留美ちゃんが鯉の頭の骨ごと砕き噛み砕いてしまった。

 彼女の強靱な顎はすべてを砕いて食物として吸収していってしまうのだ。鯉の頭みたいな大きくて固いものでも玖留美ちゃんの前ではわたがしみたいなものだった。

 強い生物。

 健康で屈強な格上の存在。

 自分とは比べものにならないほどに優れた生物が、僕の大事なものを噛み砕いて食べようとしている。


「あ、あああああ」


 僕の口から悲鳴とも歓声ともとれるような声が漏れる。

 しかし、そんな小さな僕の声は、骨が噛み砕かれていく壮絶な音でかき消されていく。

 ベギバギベギイイイッ!

 バギバギイイイッ!

 べぎいいいいッ!

 玖留美ちゃんが鯉を噛み砕いていく。

 面影のあった頭を徹底的に破壊していく音。

 それが僕の下半身をさらに刺激していった。


「・・・・・・・・・・」


 玖留美ちゃんはずっと僕を見つめたままだ。

 固いものを噛み砕いているのに苦しそうな様子なんてまるでなかった。ニンマリとした笑顔で、嗜虐的に輝く瞳で僕のことを観察している。

 彼女は鯉の頭を噛み砕くことによって僕が感じている絶望を堪能しているようだった。

 ジト目で僕の反応すべてを見逃さないようするためにじっとりと凝視してくる。

 弓なりに曲がった狐みたいな瞳が僕の恐怖とか絶望によってますますサディスティックに輝いていった。

 音が小さくなる。

 玖留美ちゃんの頬のふくらみも小さくなった。

 噛み砕いてしまったのだ。

 骨をすべて砕いてなくしてしまった。

 強靱なはずの頭の骨であっても玖留美ちゃんにとっては造作もないことのようだった。


「ふふっ」


 勝ち誇るようにして玖留美ちゃんが笑った。

 見てなさい。

 そんなことを言われた気がする。

 次の瞬間、玖留美ちゃんの喉が鳴った。


 ゴクン。


 大きな音が教室中に響いた。

 目の前で玖留美ちゃんの喉がゴクンゴクンと躍動していく。

 嚥下。

 最後の鯉の体が飲み込まれていってしまう。

 玖留美ちゃんの胃袋へと落ちていく。

 吸収され消化されてしまうのだ。

 ゴクンという音が本当に大きく響いていく。

 その瞬間、僕の下半身が爆発した。


「ひいいいいいいいいいッ!」


 どっびゅううううううッ!!

 ビュッビュッビュウウウウッ!!

 びゅうっっつっどっびゅううッ!!


 射精。

 精通の瞬間だった。

 僕の一物はいっさいの刺激もなしに射精した。

 それは終わることのない射精だった。あまりの快感に僕の体がずり落ちそうになってしまい、なんとか踏みとどまることしかできなかった。


「ふふっ、イっちゃった」


 玖留美ちゃんが壮絶に笑って、ビクビク痙攣している僕を見つめてくる。


「もう戻れないわよ」


 彼女がニンマリ笑って言った。


「あんたはもう、わたしのものだから。ほら、見なさい」


 玖留美ちゃんが大きな口を開ける。

 さきほど噛み千切った鯉の頭はなくなっていた。

 食べてしまったのだ。

 バギベギと骨を噛み砕いてゴクンと嚥下してしまった。鯉の頭はもうどこにもなかった。玖留美ちゃんの胃の中でゆっくりと溶かされ、彼女に吸収されていってしまうのだ。


 どっびゅうううううッ!

 びゅっびゅううううッ!


 それを見た瞬間にますます射精の勢いが増した。

 目の前がチカチカする。

 僕は玖留美ちゃんのことを見つめ続けるしかない。

 ニンマリと笑った彼女。

 玖留美ちゃんは、悲しさと興奮でめちゃくちゃに犯されてしまった僕のことを嗜虐的な瞳でいつまでも視姦していた。

 その視線が僕の痴態を舐めるようにして見つめるたびに、僕の下半身からは大量の精液が放出されていった。

 僕は玖留美ちゃんに屈服してしまった。

 それが分かった。

 あとはもう彼女に食べられてしまうだけだ。

 鯉と同じように食べられてしまう。

 それが僕の運命だった。


「く、玖留美さまああああッ、見ないでくださいいいいいッ」


 僕はガクガク震えながら射精し懇願した。

 そんな僕のことを玖留美ちゃんはじいいっと見つめてきた。

 ますます止まらなくなった精液が次から次へと奪いとられていく。

 まるで目の前の玖留美ちゃんに捧げるように。

 その精液すら玖留美ちゃんに食べられてしまう錯覚に陥るほど、今、目の前でこちらを凝視してくる玖留美ちゃんはサディストの権化みたいな顔をしていた。

 その姿は本当に美しかった。


(ああ・・・・もう戻れない・・・・僕は玖留美さまに・・・・・)


 終わることのない射精。

 次第に体力がなくなっていくのが分かる。 

 僕は玖留美ちゃんの顔を見つめながら意識を手放した。



つづく