毎日はこうしてすぎていった。
玖留美ちゃんに虐められ、玖留美ちゃんの男子虐めを遠くから見つめる毎日。彼女の嗜虐的な笑みがいつも脳裏から離れなかった。
それはとてつもないストレスのはずだった。
だからその日も、学校に帰ってくるなりベットに倒れ込んで、悶々と過ごしていたのだ。自分の中にたまった欲求不満が、ストレスとして体積していくのがわかった。虐められることによる精神的苦痛。自尊心が奪われることに対するやりきれなさ。それが見えないストレスとなって僕の体をむしばんでいる。そのはずだった。
「玖留美ちゃん」
思い描くのは彼女の姿だけだ。
あの圧倒的な体格でもって男子を虐めている姿。
その大きなおっぱいで、ムチムチの太ももで、強靱な二の腕で、男子を血祭りにあげて、食べてしまう女の子。
彼女のことを考えれば考えるほど、ストレスはさらに増していくようだった。
「だめだ」
僕はつぶやいて立ち上がった。
部屋の中にある貯金箱をあける。わずかながらにたまっている小銭をもって僕はコンビニに行くことにした。今日は学校でも家でもパンは出なかったからコンビニで買って行かなければならない。
僕は暗くなってきた空に不安を感じながらも、母親に忘れ物をしたと嘘をつき、夕闇に染まる道を走り出した。
*
川に到着したときにはすっかり暗闇だった。
近くの道路の街灯からもれてくるわずかな光だけが川面を照らしていた。
その光がなかったら真っ暗闇で、さすがに川に近づくことは危険だった。なんとか注意しながらいつもの場所にいくと、驚いたように水たまりが揺れるのが見えた。
「遅くなっちゃったけど来たよ」
いつものようにあいさつをする。
鯉の姿は暗闇に包み込まれていて見えなかった。
でも、川面が少しだけ動く様子から、鯉がそこにいることは分かった。
僕はコンビニで買ってきた食パンを取り出した。一番安いやつを買ったんだけど、それでもお小遣いを少ししかもらっていない僕にとってはかなりの手痛い支出だった。
「ほら、食べな」
パンを千切って川に落とした。
水面が揺れてパンが食べられる。警戒心なんてまったくない動き。僕はなにかが満たされるのを感じて、次々とパンを投げ入れていった。
「あー、やっぱり落ち着くな」
あたりはシンと静まりかえっている。
人はまったく近くにおらず、この場所には僕と鯉がいるだけだった。秘密の空間。誰に気兼ねする必要もない場所。それが僕のストレスを解消していくようだった。
モヤモヤとした気持ちがなくなっていくのが分かる。頭の中がすっきりとして、心が街灯の光だけに照らされた波一つたたない水面のように澄み渡っていくようだった。
「小太郎?」
静まりかえった空間にその声はやけに響いた。
僕の体がビクンと震える。
間違えるわけがないその女子の声。そちらを振り向くと、そこには玖留美ちゃんがいた。
「やっぱり小太郎だ。あんた、なにしてるの?」
玖留美ちゃんが近づいてきた。
いつもの体操着姿だ。
その大きな体が威圧的に僕の間近で止まった。僕は「う」とか「あ」とかしか喋れなくなってしまった。
「く、玖留美ちゃんこそ、こんな時間にどうしたの?」
「わたしは塾よ。その帰り。家がこの近くにあるのよね」
衝撃的だった。
まさか、一番顔をあわせたくない女子の家の近くでいつもエサやりをやっていたなんて。ここは危険ゾーンだったのだ。
「それで? あんたはなにやってるの?」
玖留美ちゃんが怪訝そうに聞いてきた。
「こ、鯉だよ。ここには鯉がいるんだ」
「鯉?」
「そう。それで鯉にエサやってるんだよ」
僕は手にもった食パンを玖留美ちゃんに見せた。
なおも怪訝そうにしている玖留美ちゃんに証明するために、僕はその食パンを千切って、川に投げた。
「あ」
声をあげて驚く玖留美ちゃんは、次の瞬間、水面に浮かんだパンが水中に吸い込まれていくのを見て、さらに驚きの声をあげた。水面が水しぶきをあげて沸き立つのを見て、そこに何かがいることを彼女も知ったようだった。
「へー、鯉ってパン食べるんだ」
「そ、そうだね。僕も最初驚きだったけど」
「かなり前からやってるの?」
「え」
「昔からここで鯉にエサやってるのかってこと」
「あ、ああ。そうだね。去年の秋くらいからかな。給食にパン出たときに、それ残してここであげたりし始めたのは」
玖留美ちゃんが「ふーん」とつぶやいた。
彼女は学校での様子と少し違っているように見えた。肉食獣みたいな嗜虐性がなくなっている。体が大きいことをのぞけばどこにでもいる少女のようだった。
いつもと違う場所で彼女と会っていることが影響しているのかもしれない。暗闇の中で、街灯のわずかな光に照らされている彼女の横顔はとても綺麗だった。
「だからか」
玖留美ちゃんが水面を見つめながら言った。
「だからあんた、いつも給食にパンが出たとき残してたんだね」
「え」
「不思議だったのよね。こそこそパン残して、それカバンの中に隠してたの。なんでそんなことしてるのか分からなかったけど、こういうことだったんだ」
見られていたのか。
僕としてはだいぶ慎重に行動していたつもりだったんだけど、玖留美ちゃんには見られていたのだ。でも、先生にすら気づかれていないのに、なぜ玖留美ちゃんだけが気づけたのだろうか。
「まあいいや。それ、貸しなさいよ」
「え」
「パン。わたしにも少しちょうだい」
こちらに手を伸ばしてきた玖留美ちゃん。
僕はおずおずと手元に残った食パンを半分にして玖留美ちゃんに手渡した。食べるのかな? と思った僕の予想を裏切り、彼女は受け取った食パンを少しだけ千切って川におとした。
「あ」
パンが水面に揺れる。
静寂があたりを包み込む。
僕が与えてやった時とは違って、少しだけ時間があいた。けれども、戸惑うような時間が少しだけ経過してから、鯉はそのパンにパクついた。
「あ、食べたわね」
「そ、そうだね。お腹すかしてるみたいなんだ」
「毎日やってるの?」
「え」
「だから毎日ここでパンやってるのかって話し」
こちらには顔を向けないで玖留美ちゃんが言う。
二切れ目を川に落としながら、彼女はこちらの言葉を待っているようだった。
「ま、毎日じゃないよ。給食でパンが出たときとか、家のご飯がパンだったときに、少し残して来てるだけ」
「そうなんだ」
黙りこむ玖留美ちゃんだった。
なにかを思案している、迷っている、そんな様子だった。そんな玖留美ちゃんの姿を見ることは初めてで、僕はドギマギしながら彼女の言葉を待った。
「決めた」
玖留美ちゃんが言った。
「明日からはわたしもここにくるわ」
「え」
「パンはわたしが準備するから、あんたもここにくること。いいわね」
「で、でも」
「学校が終わったら、家に戻ってすぐに集合。わたしは塾の支度をしてから来るから少し遅れるかもだけど、あんたはヒマなんだからここで待機してなさい」
最後のひとかけらを水面に投げ込むと、玖留美ちゃんが僕に向き直った。
手を腰にやって仁王立ちになった彼女が僕のことを見下ろしている。その迫力に僕は思わず「うん」と答えてしまった。
「よし」
まるでペットが芸を披露したことをほめるみたいに玖留美ちゃんは言った。彼女はそのまま、僕の頭を撫でてきた。優しく、慈愛のこもったように手つきで、僕の頭を撫でいていく。
それはいきなりの出来事で、僕はビクンと体をふるわせてしまった。
それでも玖留美ちゃんの手は止まらなかった。
上から押さえつけるみたいにして、僕の頭をいつまでも撫でていく玖留美ちゃん。しだいに僕は心地よくなってしまい、思わず玖留美ちゃんの顔を見上げた。そこには、今まで見たこともない満面の笑みを浮かべる玖留美ちゃんの姿があった。
*
こうして僕の新しい日課が生まれた。
放課後。学校が終わるとすぐに僕は川にむかわなければならない。雨の日も風の日も、僕は川にむかった。
そこでポツンと待っていると、玖留美ちゃんが走ってやってくる。
家からいつも食パンを持ってくるのだ。そのまま、僕と玖留美ちゃんは一緒に鯉にエサをやるのだった。
「なんだか最近、すぐ食べるようになったね」
僕が玖留美ちゃんに言った。
その日も僕と玖留美ちゃんは鯉にパンをやっていた。玖留美ちゃんがパンをやると鯉はすぐにそれを食べるようになっていた。警戒心なんてまったくないように。それは信頼といってもよかった。
「そうかな」
「そうだよ。最初のころは、パンが川におちてもすぐには食べないで、大丈夫かなどうかなってその周りを泳いでから食べてたじゃない」
「小太郎、あんたあの鯉に知性とか人格があるって勘違いしてない?」
「そ、そんなことないよ」
図星をつかれた僕は黙ることしかできなかった。
照れ隠しのように僕もパンをやった。玖留美ちゃんにわけてもらったパンだった。それをやると、鯉がゆっくりと泳いできてそれを食べた。停滞した水たまりに泳ぐその鈍い色をした鯉は、最近、ますます大きくなってきたように見えた。
「ま、わたしもたまに、あの鯉がわたしたちのこと分かってるように感じることもあるけどね」
玖留美ちゃんがポツンと言った。
僕はなんだかうれしくなってしまった。
「そうでしょ? そうだよ」
「たまにだけどね、たまに。魚なんだからそんわけないと思うけどね」
「いや、きっとそうだよ。あの鯉は僕らのことちゃんと分かってるんだよ。信頼してくれてるんだ。だからパンだってすぐに食べてくれるんだよ」
そんなことを呟く僕のことを玖留美ちゃんが「仕方ないなー」とばかりに笑って見つめていた。
それは優しげなほほえみだった。思わず見ほれてしまいそうになるほど、心が優しくなる笑顔だ。僕は顔が赤くなってしまうのを感じた。
(学校のときの玖留美ちゃんとぜんぜん雰囲気が違うから、なんだか調子が狂うな)
こうして二人きりで川にいるときの彼女は乱暴な様子を見せることはなかった。
静かにパンをやって、少しだけ僕と話しをして、塾へと向かって走り出すだけだった。
僕のことを虐めたり、暴力をふるったりということはない。
そのことに僕は戸惑いを覚えていた。それは、学校にいる時の彼女からは考えられない態度だったからだ。
*
学校での玖留美ちゃんは今までと変わらなかった。
今日も玖留美ちゃんは、教室で男子のことを捕食していた。
「ほ~ら、お尻で食べられちゃったね~」
おどけたように言って、玖留美ちゃんがその巨尻をぐりぐりと男子の顔面にすりつけていった。
顔面騎乗。
教室の床に仰向けに倒れた男子の顔面を座布団にして、玖留美ちゃんが女の子座りで潰している。大きなお尻は男子の顔面を完全に覆い隠してしまっていて、今では男子の頭部がすっかりと玖留美ちゃんのお尻の下に押し潰され、まったく見えなかった。
「むうっつうううッ!」
男子の悲鳴はくぐもって遠くから聞こえてくるだけだ。それほどまでに、玖留美ちゃんの巨尻は圧倒的だった。
柔らかそうで張りのある臀部が、半ズボンにみっちりと張り付いてその形のよさを教えてくれる。
男子の顔面よりも大きな球体が、二つもくっついて巨尻になっている。
その大人のお尻。
育ちきって成長しきった豊満な臀部が、同級生の男子の顔面を喰らい尽くして捕食してしまっていた。
「むっむっむううう」
男子はまったく息が出来ていない様子だった。
玖留美ちゃんは全体重をかけて男子の顔面を座布団にしている。だから、男子の鼻と口には玖留美ちゃんのお尻の肉がみっちりと密着し、呼吸一つできないのだろう。
男子の体はさきほどからジタバタと暴れっぱなしだった。おふざけで暴れているのではない。命の危険を感じて己のすべてをかけて抵抗している。自由な足をバタバタと動かし、胴体をひねってなんとか玖留美ちゃんのお尻をどかそうと必死になっている。
「無駄だって」
玖留美ちゃんがニンマリと笑って言った。
彼女は暴れ回る男子のことを嗜虐的に見下ろして笑っていた。
滑稽な虫が抵抗しているのを観察するのが楽しくて仕方のない様子だった。口元をにんまりと歪ませて、サディスティックに妖しく輝く瞳で、男子が体を暴れさせていく様子を見下ろしていく。
その視線はまさしく支配者のものだった。生殺与奪の権利を握った支配者が奴隷の命で遊んでいる。
「あはっ、釣り上げられた魚みたいね、おまえ」
玖留美ちゃんが笑う。
彼女は必死に抵抗している男子の姿がやけに気に入ったみたいだった。ぎゅうううっと体重をかけて男子の顔面を巨尻で潰しながら、本当に楽しそうに玖留美ちゃんは笑っていた。
「この前、パパに釣りに連れて行ってもらったときも、こんなだったわ。陸にあげられて自由を失った魚がぺちぺち地面で跳ねてるの。死にたくなくてなんとか生き延びようと全身を跳ね上げさせながら必死に抵抗してたっけ。それ見て、わたし思わず笑っちゃったもの」
ぐりぐり。
玖留美ちゃんが巨尻を男子の顔面にすり付けて潰した。
外からはもはや見えないほど深く食べられてしまっている男子から小さな苦悶の声が聞こえてきた。次第に男子の体が勢いを失っていく。
まったく酸素を補給できていないのに暴れてしまった体は窒息寸前のようだった。
陸にあげられた魚と同じだ。
酸素を求めて暴れまわってよけいに弱ってしまう。このまま男子は濁った魚の目になり殺されてしまうのだ。女子の大きなお尻に顔面を潰され殺されてしまう。締められてしまう。鮮度を保つためにトドメをさされて、それで食べられてしまうのだった。
「ほら、息継ぎさせてあげるから、もっとがんばって暴れなさい」
しかし、玖留美ちゃんはどこまでも残酷だった。
彼女は少しだけ腰を浮かせた。
久しぶりに男子の顔面が解放され、彼のぐしゃぐしゃになった顔が見えた。
涙と涎で顔を汚した男の子。彼から見れば、頭上には玖留美ちゃんの巨尻が鼻の先に迫っていて、生きた心地がしなかっただろう。今からこれに食べられてしまう。その自分の顔面よりも何倍も大きな女の子のお尻。柔らかそうで艶めかしい生命の塊みたいな巨尻に、これから食べられてしまうのだ。
それが分かっている男子はぷるぷると震えながら、命乞いをしようとしたらしい。
「ゆ、ゆるしッッムッグウウウっ!」
命乞いの言葉を玖留美ちゃんの巨尻が奪った。
言葉の途中でいきなり玖留美ちゃんがドシンと男子の顔面に座ってしまった。
そのまま、ぐりぐりとお尻を前後左右にグラインドさせ、ベストポジションをみつけてどっしりと座ってしまう。全体重をかけた女の子座り。男子の頭蓋骨からミシミシという音が聞こえた。
「ほら、少し酸素吸わせたから大丈夫でしょ。はやく体暴れさせろ。陸にあがった魚みたいにピチピチ跳ねてわたしを楽しませなさい」
残虐に笑った玖留美ちゃんが言った。
彼女は徹底的に男子で遊ぶつもりのようだった。
そんな言葉が聞こえる前から男子が再び体をピチッピチと跳ね上がらせて暴れ始めた。
抵抗しても無駄。
どんなに暴れても玖留美ちゃんの巨尻の前では脱出することはできない。
それが分かっていても、男子は必死に暴れるしかないようだった。どんなに暴れても、首から上を地面に縫いつけにされ、ビクとも動かないのは変わらない。
頭部の自由を奪われた男子にできることはほかの自由な体で一生懸命に暴れることだけだった。
教室の床の上に魚が陸揚げされている。その滑稽にも跳ねまわる魚を見て、玖留美ちゃんは「あははっ」と心の底から笑っていた。
(す、すごい)
僕は思わずその光景を凝視してしまった。
それと同時に、玖留美ちゃんに食べられて、陸あげされた魚のように飛び跳ねている男子を見ていると、とてつもない不安が自分の中に生まれるのを感じた。
なぜこんなにも不安になるのか分からなかった。
それでも体が逃走を求めていた。今すぐに逃げ出さないととんでもないことになる。そんな強烈な不安を感じながらも、僕はニンマリと笑う玖留美ちゃんから目を離せなかった。
つづく