自分には娘がいる。
このことは、けっこうな社会的ステータスになるのだった。
女性人口は男性人口の2分の一にも満たない。
だからこそ、なにかの間違いでベットを一緒にした女性が、女の子を産むことになったとすれば、それだけで奴隷は夫に昇格し、一生の生活が保障される。
自分も例にもれずその幸運にあずかった男だった。
奴隷も奴隷。
主人の脚を舐めて清める存在に過ぎなかったわたしに、当時の主人で現在の妻が、なんのきまぐれかベットを共にしてくれた。
そのおかげで、娘が生まれることになり、わたしは奴隷から彼女の配偶者になれたというわけだ。
しかし、妻がわたしのことを夫にしたのは、単に娘のことを思ってのことに過ぎなかった
妻と生活を共にしたのは、娘が10歳になるまでだった。
娘が学校に行くようになり、寮で生活を始めると、妻はわたしのことを無視するようになった。
会社に若い愛人を抱えているらしく、もっぱらそちらと生活を共にしているらしい。
ハンサムな若い男と、なんのとりえもないわたしとでは、比べようがないだろう。
わたしは、一人さびしく生活することになった。
娘は健康的に成長した。
小学生時代はまるで天使のようにかわいかった。
つぶらな瞳と耳をくすぐる声色。
わたしは娘のすべてが愛おしく、溺愛するように育児につとめた。
幼稚園から小学校まで、娘の育児はすべてわたしの担当だった。
妻は会社で働いている。
だから、わたしと娘のすごす時間はとても濃密なものとなった。
今でも、あの頃が人生の中で最高のものだったと思っている。
将来はお父さんのお嫁さんになる。
そう言ってくれたときには、めまいがするほどうれしかった。
それと同時に、さみしくもあった。
彼女もじきに能力に目覚め、男に懲罰を与える絶対者となってしまう。
そうなれば、自分のことなどハシにもボウにもかけなくなってしまうだろう。
娘のことを愛していたわたしは、そのことが恐ろしかった。
娘が能力に目覚めた。
彼女は背が伸び、美しく変貌した。
もちろん、能力にも目覚めた。
観測した結果を現実にしてしまうという女性にしか備わらない力。
手に入れた能力にうれしそうに笑った娘の笑顔。
ふざけた娘に、宙づりにされたときのことは今でもおぼえている。
あの絶望と、
幼い少女に好きなようにされる屈辱。
学生時代に、調教されてもけっきょく芽生えなかった、女性に対する絶対的忠誠心。そのせいでわたしは、娘に対しても劣等感のようなものを感じたのだ。
学校を卒業すれば、ほとんどの男が感じることのない女性に対する劣等感や屈辱感。
それをわたしは、今だに持ち続けているのだった。
これは異常なことだとされている。
劣った男は女性に跪き、彼女たちの庇護のもとで生活する。
それこそが世界平和のためであり、人類繁栄のためだとされている。
しかし、同じ人間の一方が他方に隷属するというのはあってはならないことではないか。
わたしは、その思想と感情を隠して学校を卒業したまま、現在まで生き延びてきた。
懲罰委員会の監視を隠れて・・・・・・・。
なにはともあれ、能力に目覚めた娘は、女性の義務を果たすために学校に入学した。
娘は寮にうつっていき、4年の歳月が流れた。
その間、ほとんど娘にはあっていない。
自分の学生時代のことを思いだしてみれば、それも無理からぬ話だ。
女の子は、男に世の理を教えなければならない。
部活動にもはげまなければならず、忙しいのだ。
だからわたしは、一人で4年間を過ごしていた。
いや、正確には一人ではない。
わたしには同士がいる。
女性に支配されることに潔しとしない同士とのつながりが、ここ4年間のわたしの精神的支柱だった。
このまま活動を続けて同士を募っていこう。
計画を実行していこう。
わたしにはそれしか道はない。
この屈辱感を残したまま死ぬことなどできない。
いつか必ず、男女平等の世界を。
わたしは覚悟を決め、日夜活動に明け暮れていた。
そんな時、急に娘が家に帰ってきた。
なんでも特別の許可を得て、寮生活を免除されたらしい。
学校を卒業するまで、家でわたしと生活するというのだ。
うれしい反面、わたしはとまどいを覚えていた。
娘は一人で家に帰ってきたわけではなかった。
学校で問題児とされている男子生徒を連れて、家に帰ってきたのだ。
「お父さん。お願いがあるんだけど」
家に帰ってきた娘が言った。
「この男の子が、学校でも反抗的だっていうことになって、問題になってるの。だから、私が徹底的に調教することになったの」
満面の笑み。
しかし、娘は男につけた首輪をひっぱって、生殺与奪の権利を握っている。
「そのために、この家を使いたいんだけど、いいかな?」
「え、いや・・・・・・・」
「お母さんの許可はとってあるの。ね、ダメかな?」
それならばわたしに拒否権はない。
というか、すでに能力に目覚めた娘のこと、父親のわたしより彼女のほうが社会的権利ももっている。本来ならわたしの許可などいらないはずだ。
それなのに、こうして娘は「お願い」という形をとろうとしている。
彼女の優しさはまだ残っていた。
父親に対する敬意も残っていた。
そのことがうれしくて、わたしは娘のお願いを断ることができなかった。
わたしの返答に、満面の笑みで「ありがとう」と言った娘。
こうして、娘との共同生活が再開した。
今から悔やんでも遅いが、これがわたしの二度目のターニングポイントだったのだ。
わたしは後悔することになる。