たとえば教科書などには、男性優位の男の社会があったという記述があるが、ボクにはそのことがまったく信じられない。
いや、正確にいえば、昔はそんなこと信じられなかったというのが正しいだろう。
ボクも、初等部だったころ……まだ、同学年の女の子が、その能力に目覚める前であったならば、男性優位の社会というものを信じていたと思う。
どだい、筋力というものが違う。
女性がどんなに体を鍛えたところで、男に勝てるわけがない。
そりゃあ、野蛮人ではないのだから、純粋な体の力いかんによって男女間の優劣が決まるとは思っていなかったけれど、それでもどこか、男性優位という幻想を信じることができたのだ。
そんなこと、今ではとんだ間違いだと思い知っている。
というか、初等部の時分にも、そのことに気づけなかったのはおかしいのだ。
なんせ、男のほうは初等部を卒業できるのは6年生。それに対して、女性は4年生が終われば、自動的に中等部、≪学校≫システムへとあがるのだから……。
ボクが4年生だった当時、友達だった女の子が≪学校≫にあがるのに、なんで自分は初等部のままなんだろうと思ったのを覚えている。
そんなことは当たり前なのである。
なぜなら、女性は初等部高学年を境に急激に成長し、個人差はあるものの成人女性とかわらない外見をもつようになるからだ。
しかも、それはただ外形が変わるだけでなく、その能力も格段にあがるのである。
成人男性をはるかに上回る……というか、比べることなんてできないほどの身体能力と、頭脳。
少女たちは、なんの鍛錬もしていなくとも、何年も修行してきた男の猛者を赤子の手を捻るように圧倒することができる。
それは、げんにボクが目撃したこともあり、そして現在進行形で体験していることだった
たとえば、1ヶ月前のボクシングの試合。
ボクシングの男性王者をきめる試合が終わったとき、チャンピオンベルトを巻いた王者に対して、たまたま試合を観戦していた少女が戦いを挑んだのだ。
なんでも、あれくらいの動きなら自分でもできると思ったから、とかなんとか。
その理由もすごいが、その試合の結果はもっとすごかった。
公開処刑だったそうだ。
少女が、チャンピオンを圧倒したのである。
一発でKOできるのに、わざと手加減をして殴りまくる。
その可愛らしい顔には笑みを浮かべ、しかし残酷にジャブを食らわせ続けた少女。
セコンドがタオルを投げ込んでも少女はやめなかったらしい。
というか、そういうルールがあることも知らなかったのだろう。
結果、チャンピオンは観客の前で、少女に対して命乞いの土下座をすることになった。
みじめったらしく許しを乞い、地面に額をこすりつけるチャンピオンの姿。
それを楽しそうに見下ろしながら、少女がふざけてチャンピオンの頭に片足を乗せた写真―――それが次の日の新聞の一面をかざることになった。
これは何も、その少女が特別だったというわけではない。
初等部高学年お少女ならば、誰一人の例外なく、このような芸当はできるのである。
それも、空手やボクシングを、それまで一度たりとも経験したことのない素人の女の子が、だ。
はじめてボクシングのグローブつけたにもかかわらず、男性チャンピオンの顔をボコボコに変形させ、最後には命乞いをさせてしまう……。
何度も言うが、これは別に運動神経がよい女の子に限られたことではない。
普段は本ばかり読んでいる文学少女もまた同じなのである。
ただ純粋な腕力……身体能力だけで、男のことを支配できてしまう女の子。
腕力では、男は女の子には勝てない。
というか、今では女の子に対抗しようとも思えないというのが正直な気持ちだった。
そんな抵抗なんてしたら、彼女たちの義務である、男子に対する”調教”がより厳しくなるだけなのだし……。
しかし、これだけだったら。
ただ単に女性のほうが腕力が強いというだけだったならば、女性優位……女尊男卑の社会ができることもなかっただろう。
それは歴史をみれば分かる。
過去においてだって男も、女よりも腕力が強いというだけでは、男性優位の社会を持続することはできなかった。
なんといっても、身体能力よりも頭脳が尊重されるわけだし。
男も女も皆同じ人間であるという意識があれば、そこまで偏った性差別のある社会にはならないだろう。
それに、ひとたび武器をもてば誰だって、鍛えられた人間を超越することができるのだから尚更だと思う。
武器―――武器である。
ナイフに拳銃。
そういったものを手にすれば、どんなに身体的能力に差があるのだとしても、純粋な力では同等となる。
だから、ボクたち男も、腕力で勝てないとしても、武器を手にして戦えば、女の子にだって勝てるだろう……。
ここまで女の子に、男子が下に見られることはないだろう……。
そう、10歳に達した女性が目覚めることになる、もう一つの能力さえなければ、ボクたち男の地位が犬畜生と同じくらいにまで陥れられることはなかったはずなのである。
―――それは、量子力学が関係していると言われている。
その科学的な完成度はどうあれ、多世界解釈ではなくコペンハーゲン解釈が正しかったということになったのは、女の子のその能力を見ればすぐに分かる。
女性が目覚めたその能力。
それは、観測するだけで、ありとあらゆる現象を顕現させるというトンデモナイ代物だった。
女の子が《目の前の男の四肢をもぎとれる》と観測すれば、そのとおりの現象が次の瞬間には顕現し、男はあっけなく死ぬことになる。
《自分は空をとべる》と観測すれば、自由に空を飛ぶことだってできるし、
《目の前の男の首を絞める》と観測すれば、直接に男の首に手をかけなくても、ギリギリと男の首を締め上げることができる。
その能力にほとんど制限はない。
どんなに不可能なことでも、その≪能力≫は可能にさせてしまう。
そりゃあ、個人差というものはある。
女の子ごとに、能力で可能な現象というものも限られるし、その能力の強弱もまた個人差はある。
しかし、女性であればその≪能力≫に目覚めるということだけは、例外のない事実なのだ。
だからこそ、武器なんてものは無意味なのだ。
女の子様に拳銃を発砲しても、《その銃弾は止まる》と観測してしまえば、それだけで拳銃の弾は殺傷力を失い、ただの鉄クズになる。
ナイフで襲いかかっても、《ナイフが錆びる》や《ナイフが男の手から離れる》と観測してしまえば、それで終わりだ(まあ、念能力を使わなくても、ナイフくらいなら、女の子様の身体能力だけで圧倒できるのだけれど・・・・)
こんなこと、誰も信じられないだろう。
同じ人間であるはずの女の子にだけこんな神がかり的な能力が備わり、男がこのような能力に目覚めることはない。
それどころか、身体能力や頭脳でもまったく歯が立たないのだ。
同じ人間のはずの男女間に、こんな能力差があるなんて、信じられるわけもないかもしれない。
それは、ボク自身も同じだった。
≪能力≫とその類い希な身体能力と頭脳をもった女の子様とはじめて会ったとき……。
すなわちボクが≪学校≫にあがったときには、まだボクも、男と女というのは同じ人間であって、平等な権利をもっているのだと、そう思っていた。
今となっては思い上がりもはだはだしいこの愚考なのであるが、それも仕方のないことだと思う。
それまで、同じように育った女の子が、自分よりも優位な……神様のような存在なのだと、信じることはできないのが普通だろう。
しかし、この女尊男卑の社会の断片は、ボクが初等部のときにも気づくことができたはずなのだ。
社会の高ポストは、すべて女の子に占められていて、男のほうはというと、ただの代用品・・・・・肉体労働を糧にして生活していくしかないのだし・・・・
さらには、法律も一妻多夫制という、女性は何人の夫をもってもいいが、男性は生涯を一人の女性にささげるという制度をとっているのを見れば歴然だろう。
この一妻多夫制は、つまるところ男性を子供を産むための種馬としてしか見ていないということを意味している。
あくまでも例外はあるが、なんといっても、この世界で恋人同士というのは、女と女のパートナーのことを指しているのだから、男の立つすべがない。
こんなことになった原因というのは、女の子様は男のことを同じ人間だとは思えないということからきている。
身体能力でも頭脳でもはるかに劣り、さらには自分たちには当然のように備わっている≪能力≫を使えない存在を、女の子は自分と同位置にたつ尊い存在だとは思えないのだろう。
だから、恋愛というのは、すべて女の子が女の子と付き合うというのを意味しているのだ。
・・・・・すさまじい世界である。
男性差別というか、そもそも男は女の子様を崇めた奉りるのが当然という世界。
こんな世界の現実を、≪学校≫にあがって「はい、そうですか」と納得できるはずもない。
だから、はるか昔・・・・・女の子が男よりも進化し、能力とその類い希な身体能力に目覚めた当初においては、男の反抗が頻発したそうである。
しかし、そのことごとくが失敗。
女の子を前にすれば、屈強な男の兵も、年端もいかない女の子にだって、赤子の手を捻るようにして惨敗してしまう。
そんな惨めな負けを目の当たりにしても、男というのはプライドが高い生物で、往生際悪く、何度も何度も女の子様に歯向かったそうなのだ。
女の子にとってみれば、男という生物を地球上から駆逐するのは簡単だった。
それでも、女の子は慈悲深く、そんなことはしなかったのだ。
戦いをおさめたい。
しかし、バカな男は勝てないと分かっていて歯向かってくる。
そのジレンマを解決するため、ある制度が利用されることになった。
それが何を隠そう、今、ボクが所属している≪学校≫である。
中高一貫の≪学校≫という制度。
その教育方針は一つである。
すなわち、男に対して、女の子の力、偉大さを思い知らせ、もう二度とはむかえないように、その心を折ること。
抵抗なんて思いもつかないようにするため、男の心を折る。
そのために、女の子様に調教を受けるのである。
―――調教。
それは、想像を絶するような調教だ。
絶対に逆らうことを許さず、女の子様には絶対に勝てないということを毎日のように思い知らされ続ける……
中等部から高等部までの6年間……毎日のようにこんなことをされれば、誰だって折れる。その心は絶対に折れる。
そう、女の子様による男の調教……
それが≪学校≫という制度の全貌であり、今まさにボクが経験しているすべてである。
それがどんなに悲惨なものであるか―――それは、一度だっていいから、経験してみれば分かる
そう、たとえば―――
ある日の放課後……優華さまの調教はこんな感じだった。
(続く)