水泳の勝負は永遠に続くように思えた。
何度も何度も、飛び込み台に立ち、そこからスタートし、水の中を泳ぐ。
奈津美との勝負は一つのレーンで行われている。
だから、飛び込み台からのスタートからして特殊なものになった。
まず、俺がスタートする。
水の中に俺が飛び込んだ後、そこで初めて奈津美が飛び込む。
最初からハンデがあるのだ。
しかし、そんなハンデなど、彼女にとって問題ではないようだった。
すぐに抜かれる。
しかも、その抜き方も屈辱的だった。
奈津美は、わざわざ俺の体の上を通っていくのだ。
俺の体を水中に沈め、体を密着させながら、ゆっくりと抜いていく。
その時、奈津美の柔らかな体が俺に擦りつけられることになるのだが、その感触を楽しむことは許されなかった。
何度も何度も、俺のことを水中に沈め、その上を泳いでいく奈津美。
屈辱的だった。
しかし、なによりの屈辱は、すべての勝負で周回遅れにさせられるということだ。
スタートでハンデがあるにも関わらず、俺は必死に全力で泳いでいるにも関わらず、周回遅れにされる。
小学生の頃は泳げなかったはずの奈津美に・・・・・・
子供の頃、溺れているのを助けたこともある幼なじみに・・・・・
俺は手も足もでずに、得意の水泳で完全に負かされているのだった。
(なんで・・・どうして・・・・)
涙が自然とでてくる。
俺は、必死に、全力で奈津美を追いかけて泳ぐ。
しかし、彼女は豪快なフォームでもって、俺との距離を離していくばかりだった。
水中の中で、奈津美の発達した太ももと、腕が、すさまじい推進力を生み出しているのをただ呆然と見送ることしかできない。
おそらく、奈津美はまだ本気をだしていないのだろう。
それは、すれ違いざまや追い抜くときに、彼女が俺の頭を撫でていく余裕からもわかった
真剣勝負の最中に、その競争相手の頭を優しく撫でていくのだ。
ショックを受けている俺をいたわるように、慈愛のこもった手つき。
まったくの余裕。
それでいて、俺ではどんなに努力してもだせないであろうタイムを平然とだしてくる。
俺はもう、どうにかなってしまいそうだった。
「はい、また奈津美の勝ちだね。これで奈津美の23連勝だよ?」
ようやくゴールにたどり着いた俺を、飛び込み台にすでにのぼっている奈津美が迎えてくれる。
はるか頭上に、奈津美の可愛らしい顔がある。
その童顔で可愛らしい顔が、俺のことを満面の笑みとともに見下ろしてくる。
水中の中からだと、飛び込み台に立つ奈津美の姿ははるか高みにあるようで、俺の精神を屈服させるに十分の威圧感があった。
俺は、どうしようもなくなって、下を向くしかできない。
幼馴染の女の子に上から見下ろされて、その視線に耐え切れず、下を向いてしまう情けない男・・・・・・。
「ほら、次の勝負しよう?」
逃げようとする俺の腕をとって、奈津美が片手で俺のことを引っ張りあげる。
水の中から持ち上げ、片手一本で俺のことを宙吊りにする。
吊り上げられた魚みたいに、俺は水面から釣り上げられ、全身を観察される。
目の前の奈津美が、申し訳なさそうに俺の貧弱な体を見ている。
彼女の体と俺の体の差が、水中から吊り上げられることによって浮き彫りにされたのだ。
「翔ちゃん、こっちこようね」
「うううう」
うめく俺には無頓着に、奈津美は力強く、俺をプールサイドまで強引に引っ張り上げた。
すぐさま、身長差を見せつけるように隣に並んでくる奈津美。
大きく、逞しい体。
俺の胴体ほどはあろうかという発達した太股に、水着をはり裂かんと隆起する巨乳。
隣に並ばれただけで、俺は惨めな気持ちになる。
彼女はそのまま、俺の頭を優しく撫でてきた。
「翔ちゃん泣かないの。次は勝てるかもしれないでしょ?」
「ううああ・・・うう」
「がんばろうよ。ね?」
励ますように言いながら、俺を元気づけようと頭を撫でてくる。
幼なじみの大きな手のひらが俺の頭をがっしりと掴み、わしわしと動いていた。
「許して・・・・」
俺は泣き声まじりで懇願していた。
「もう、わかったから・・・・だから、もう、ゆるしてえ・・・」
「分かったって、翔ちゃんは何が分かったのかな? ちゃんと言わなきゃわからないよ?」
「う、あ・・・・」
「もう、泣いてちゃ分からないでしょ」
言うと、奈津美は俺の両脇に手をあてがうと、そのまま持ち上げてしまった。
親が子供の体を持ち上げる格好。
そのまま、奈津美は俺の顔が彼女の視線とあうようになるまで持ち上げた。
とてつもなく高く感じる。
足はぶらぶらと情けなく揺れていて、というか、奈津美はこんな高い景色をいつも見ていたのかと、驚くばかりだった。
「ほら、言いたいことがあるなら、ちゃんと奈津美の目を見て言わなきゃだめだよ」
俺の目を真剣に見つめながら、奈津美が言った。
俺は、泣き声で言うしかなかった。
「もう、勘弁してください・・・・勝てないから・・・・奈津美には勝、」
「奈津美「様」」
「な、奈津美様に勝てないってことは分かりましたから、だから・・・・だからもう許してくださいい」
必死に言う。
2歳年下の幼なじみに。
妹分の少女にむかって。
宙づりにされ、彼女の目を強制的に見つめられさせながら、俺は心からの懇願をした。
「んー、でもまだ23回しか勝負してないからねー・・・・・・予定では、50回くらい勝負しようと思ってたんだけど」
「ご、50」
「だって翔ちゃん。水泳にとっても自信もってたでしょ? だから、そのプライドを全部壊さないとダメなんだよ」
「ゆるして・・・お願いします、もう・・・ゆるしてください」
奈津美の目を真正面から見つめさせながら、必死に懇願する。
奈津美は、困った表情を浮かべ「仕方ないなー」という前置きのあとで、
「それじゃあ、代わりにお仕置きして終わりにしてあげるからね?」
「な、なにヒッギイイイ!」
奈津美がそのまま俺のことを抱きしめてきた。
真正面から、ぎゅううっと俺の体に腕をまわし、締め付けてくる。
密着して、奈津美の柔らかい体が俺に押しつけられる。
大きな胸が俺の薄い胸板にあたって、グニャリと変形していた。
「今までは手加減してきたけど、今回はちょっと本気だすから、我慢だよ?」
「ヒッギャアアッ!」
ベアバック。
とてつもない激痛が全身を貫く。
俺の体は、抱きしめながら宙に浮かばされている。
身長差から、足が地面についていない。
幼なじみに抱きしめられているだけで、なかば宙づりにされ、潰される。
俺の体からは、バギイイン! ベギイイイン! と、とてつもない圧壊音が響いた。
「ひゃ・・・があ・・・」
それまでとはレベルが違う力。
俺の胸板には、奈津美の大きな胸がおしつけられ、それだけで声がだせないでいた。
「翔ちゃん。ちゃんと頭だけじゃなくて、体で感じなくちゃダメなんだよ? 男の子は女の子に、勝てるわけないんだって、そう納得しないとダメなの」
「ひぎ・・・ひい」
「あ、目が裏返っちゃったね。舌も飛び出てきて・・・・・翔ちゃんの体が、奈津美の体に埋もれこんでいくのが分かるよ・・・・・・ふふ、このまま潰しちゃおっか? 」
「ひ・・・・ぎがっハ・・・」
「このまま力を込め続ければ、翔ちゃんの内蔵が潰れて、骨が折れて、バギバギって鳴りながら折り畳まれちゃうんだよ?」
「ぎゃ・・ああ・・・」
「もうちょっと力こめるね?」
えい、という可愛らしいかけ声とともに、腕に力がこもった。
俺の体は、奈津美の豊満な体に埋もれていった。
吸収されてしまう。
奈津美に・・・・抱き潰されて・・・・
「ねえ、翔ちゃん。なんで翔ちゃんは、そんなに奈津美と張り合おうとするの?」
俺のことを抱き潰しながら、奈津美が言った。
「もう翔ちゃんも分かってるんでしょ? どんな勝負でも、男の子は女の子に勝てないって、分かってるんだよね?」
「ぎ・・・ッギャ・・・」
「だったらなんで? なんで、翔ちゃんはこんなふうに、奈津美と水泳で張り合おうとしたのかな」
「や・・・ア、あが・・・」
「力緩めてあげるから、答えて」
目の前の奈津美の顔。
そこに向けて、俺は泣きながら口を開いていた。
「お、俺は・・・・」
「うん」
「な、奈津美のことが、好きなんだ」
「え?」
「だから・・・・だから、奈津美にふさわしい男になりたいって・・・うう・・・・奈津美と対等に付き合いたいって・・・・だから・・・・」
そのために、俺は奈津美に水泳で勝ちたいと、かたくなにそう思ってきた。
結局、それだったのだ。
俺は奈津美のことが好きだった。
幼なじみだとか妹分だとか、そういうことは関係なく、奈津美のことが好きだったからこそ、何か一つ、彼女より秀でた部分が欲しかった。
ただ、それだけのことだったのだ。
「翔ちゃん・・・・」
目の前には、嬉しそうに頬を染めている奈津美がいた。
俺のことを抱きしめ、宙づりにした状況で、突然の告白をした俺のことを見つめてくる。
「嬉しい・・・嬉しいよ、翔ちゃん」
「うう・・・ああ」
「翔太ちゃん!」
ぎゅううう、と力強く抱きしめてきた。
ベアバックというわけではなく、愛しい人間を放さないという感じの抱擁。
息苦しいほどの抱きしめを継続したまま、奈津美が言った。
「いいんだよ、翔ちゃん」
「な、奈津美?」
「翔ちゃんが、奈津美に勝てるものがなんにもなくても・・・・力比べで勝てなくても、水泳で勝てなくたって、そんなの関係ないんだよ」
「・・・・・・」
「奈津美は翔ちゃんのこと大好きなの。これからは、奈津美が翔ちゃんのこと守ってあげる。安心して奈津美についてきて」
「うう・・・ア・・・」
俺の全身を包み込んだのは、屈辱ではなく高揚感だった。
女の子に・・・・今まで庇護の対象だった女の子に「守ってあげる」と言われて、明らかに保護の対象にみられているというのに、俺は奈津美の言葉に、形容することができないほどの幸福感を感じた。
奈津美に力強く抱きしめられながら、俺は・・・・・俺は、奈津美の言葉どおり、彼女の後をついていこうと、そんなことを思っていた。
「翔ちゃん・・・・」
トロンとした瞳を浮かべた奈津美が、俺の唇を奪う。
上から叩きつけるように、熱烈な接吻。
奈津美の舌が俺の口内で激しく暴れた。
俺は、されるがままになるしかなかった。
その口づけは俺にとってあまりにも過激で、気持ちよすぎて、体からグニャリと力がなくなるのを感じた。
「ジュウ・・・じゅう・・ジュジュッ!」
真上から降り注ぐキスの嵐。
俺は奈津美に抱きしめられながら、奈津美が気がすむまで、唇を奪われたままだった。
(続く)