島には竜島を名乗る家が2世帯あった。

 俺たち本家と、何世代も前にそこから派生した分家だ。

 北の島に本拠地をもった本家と、北の南に本拠地をもった分家。どちらも島の中にあっては歴史がある家で、お互いに我こそが島の生き証人なんて、そんなことを自負しているようなどうしようもない一族だった。

 そんなことだから、お互いに仲が悪く、交流らしい交流もなかった。そんな中、一度だけ分家の家に行ったことがある。分家の叔父が亡くなった時のこと。その時にレイナと出会った。


「泣いてるのか、おまえ」


 葬式会場の一角。

 そこで小さな少女が泣いていた。小さかった俺の腰くらいしか身長がない幼い少女だった。黒髪で華奢な少女。そいつが一人で泣いていたのだ。


「叔父さんと親しかったのか?」


 俺が聞いても少女は顔を横にブンブンと振るだけだった。 


「じゃあ、なんで泣いてるんだよ」


 それでも顔を横に振るだけ。

 埒があかなかった俺はそいつの頭をがしっとつかんでわしゃわしゃと撫でてやった。そうすると自然に少女の涙は止まった。驚いたように見開かれた大きな瞳が印象的だった。


「おまえ、名前は?」

「れ、レイナ」

「そうか。俺はたぶんお前のイトコになるんだろうな。島北の竜島だよ。春信って名前だ。はじめまして」


 少女の隣にどかっと座った。

 その少女は怯える様子もなく俺の顔を見上げていた。


「本家のジジババどもは分家の葬式になんざ出ないってよ。でも世間体があるから、形だけっつーことで、まだ子供の俺を参列者に仕立てたわけだ。笑えるだろ?」


 少女はキョトンとしたままだった。

 俺はつっかえていた気持ちを少女に吐き出すことでだいぶ楽になっていた。これなら、あの親族席で、ほかの分家の奴らの白い目に耐えることだってできるはずだ。


「いこうぜ。さすがに時間だ」


 俺は少女にむけて手をさしのべた。

 レイナはそれをはにかむようにして手にとって立ち上がった。その時の少し恥ずかしそうにしている笑顔が妙に印象に残っていた。


 *


 葬式の後には交流も途絶えて会うこともなくなっていた。

 けれども、ことあるごとに、あの少女はうまくやっていけてるんだろうかと思ったことはあったのだ。

 その少女と目の前の玲奈がつながってくる。

 もちろん体格は違う。

 目の前の女は俺よりも身長が高くて、肩幅だって段違いで、足の長さやら太さだって大人と子供の違いくらいにかけ離れていた。あの少女が数年でこんなにも成長するなんて思いも寄らなかった。

 しかし、どこか面影があるのだ。

 葬式の時に泣いていた少女。

 その顔立ちに少しだけ面影があり、俺はあのレイナと目の前の玲奈が同一人物であると理解していった。


「そうだよ、春信のイトコの玲奈ちゃんで~す」


 活発になった少女が言う。

 自信に満ちあふれていて、間違っても部屋の片隅で泣くことなんてなさそうな女の子。彼女が男の返り血をあびて血塗れになりながら、俺たちに対峙していた。


「さすがにすぐに気づくと思ったんだけどね~。そしたら暗示を強くかけるつもりだったんだけど、そんな必要もなかったね」


 玲奈はニヤニヤと笑っていた。


「お前らは、6歳以上も年下の女の子にボコボコにされて殺されてるんだよ」


 その言葉にびくんと震える。


「能力に目覚めてから、ひたすら殺していった。わたし、同年代の男子を殺すとすごく興奮するんだ。はじめにクラスメイトを殺して、次に同学年の違うクラスを殺していった。島中の同い年の男子殺すのに、3日くらいかかったかな」


 笑っている。

 その時のことを思い出しているのかもじもじと太ももをすりあわせて興奮していた。


「体格とかぜんぜん違うからさ、よわっちくて笑えたよね。今まで威張ってた男子がみじめに命乞いするのがツボでさ~。何度も命乞いさせて、最後はぐしゃって殺したらほんっとキモチよくて、病みつきになっちゃった」


 嬉々として。

 頬を赤くして玲奈が続ける。


「同い年がいなくなって、下級生も殺しつくしてからは先輩たちを殺していった。5年生、6年生。あ、そこの朝倉の弟くんも殺したよ? 太ももで頭挟んで殺した。ごめんね? ふふっ、で、5年も6年も殺しつくしちゃって、ふと気づいたんだよね。あ、このペースで殺しちゃうと、すぐいなくなっちゃうって」

「それに、やっぱり見知らぬ男子を殺してもクラスメイトを殺したときの快感は生まれなかったんだよね。うん、それが一番大きいかな。知らない男殺しても、ぜんぜんときめかなかった。だから思ったんだよね、ペースの問題もあるし、無関係の男殺しても興奮しないんだから、少しの期間、殺す男子たちの同級生になって生活して、それから殺そうって」

「それからは、全員に暗示をかけて、私がみんなの幼なじみで、ずっと一緒だったって記憶を植え付けてから、3ヶ月くらい学校生活を送ることにしたんだ。その間もいろいろ遊んだりして、まっとうな学校生活をおくって、みんなとの仲を深めていったの。友達になって、みんなの良いところも悪いところも、ふだん悩んでいるところも知って、その上で殺していった」

「そうしたら、やっぱりすっごくキモチいいの。普段気さくに話していた男子が自分の手の中で死んでいくのをみるとすっごく興奮した。首絞めたり、殴りまくってボコボコにしたりしてるとそれだけでイっちゃったよ。でもやっぱり命乞いさせるのが一番だったかな。対等だと思ってた女の子に手も足もでずに負けて殺されるかもしれないと思ってプライドもなにもなく必死に命乞いしてるのみると泣けてくるほどキモチよかった。あー、わたしはこの時のために生まれてきたんだって思ったね」

「それからはずっと同じ。何ヶ月か同級生として過ごして、殺した。逃げちゃう奴がけっこういたから洞窟で敵と戦うなんて設定も追加したね。ぜったいに逃げてはならないって何度も重ねて暗示もかけた。殺した奴は最初っからいなくなったことになってるんだ。そういうふうに、島の全員に暗示をかけてるの。だから、みんな気づかない。18歳未満の男子がほとんどいなくなってるのにも気づかずに、のほほんと生活している」

「殺して殺して殺しまくったな。そうしていると終わりが見えてくるんだよね。中等部の1年から3年までの全員を殺して、高等部も1年から順に殺していった。3年A組の男子を殺したのがちょうど4ヶ月前。それで、最後の3年B組にとりかかったってわけ」

「そう、お前らが島で最後に生き残った18歳未満の男子なんだよ」


 笑って。

 玲奈が俺と朝倉を見下ろした。


「最後はお前ら」


 その言葉にビクンと震えた。


「お前らも殺す。それが嫌なら分かってるよね?」


 にんまりとした笑顔。

 彼女はそのまま、


「舐めろ」


 *


 舐めろ。

 そう言った玲奈は片足を俺のほうへと威圧的に差し出した。血塗れになった足。健康的に小麦色に焼けたムチムチの足が、俺の体に突きつけられる。


「聞こえなかった? はやく舐めろ。ふふっ、今まではご奉仕人形の暗示をかけてやってたけど、今回は暗示なしに舐めるんだよ。同級生だった人間の肉片と血を舐めて綺麗にしろ。ほら、はやく」


 命令される。

 怖くて怖くて仕方なかった。

 けれどもどうしても舐めることができなかった。だって、そうだ。目の前の足には斉藤の血がついている。斉藤だった肉片もこべりついているのだ。それを舐めるなんて、とてもではないができなかった。


「ゆ、ゆるして」

「は?」

「な、なんで。なんでこんなひどいことするんだよ。こ、殺さないでくれ。お願いだから、もう、もうやめて」


 俺の口から独りでに言葉が漏れる。

 ぷるぷると震えながら玲奈を見上げると、そこには底冷えするような冷たい視線でこちらを見下ろす少女の姿があった。


「なに言ってるの? お前」


 ドスンッ!

 足が踏みならされる。その衝撃で洞窟が揺れた気がした。俺は「ひい」と悲鳴をもらした。


「ひょっとして、イトコだから優しくしてもらえるとか思ってる? ねえ、そんなふざけた考えで、私に口答えしたわけ?」


 ドスウンッ!

 ドスウン!

 何度も足が踏みならされる。

 それだけで俺たちの体は萎縮して動かなくなった。


「あ~あ、ここで殺しちゃおっかな」


 ため息をついて玲奈が言う。


「まとめて殺して、終わりにしようっかな」


 ビクンッ!

 俺の体が強制的に動いた。


「舐めます! 舐めさせてください!」


 彼女の足下に膝まづく。

 それは朝倉も同じだった。

 俺たちは6歳以上も年下の少女の足下に膝まづき、彼女の血塗れの足を舐めさせてくださいと必死に懇願していた。


「はやくしろ」


 命令。

 俺たちは勢いよく玲奈の足に飛びついた。

 舌を這わせてぺろぺろと舐める。いっしょうけんめいに、玲奈の生足を舐めて舐めて舐めまくった。


「おええええええッ!」

「ゲエエエエッ!」


 えづく。

 口の中が鉄っぽくて仕方ない。肉の感触と匂いを体全体が拒否している。


「吐くなよ。吐いたら殺す」


 玲奈の声。

 俺と朝倉は両手で口をおさえつけて耐えた。胃がぐりゅんぐりゅんと鳴っている。それでも俺たちは耐えた。耐えて、ごくんと血液と肉片を飲み込んだ。


「口開けろ」


 言われたとおりにする。

 涙をぽろぽろと流しながら、命令されたとおりに口を大きく開いて、玲奈に見せた。


「ベロも出すんだよ。お掃除人形の時に教えたろ?」


 乱暴な言葉。

 もはや尊厳なんて何もなかった。
 
 俺たちは舌をべろんと伸ばした。必死に。殺されたくなくて。玲奈の命令どおりに舌を出し、そのまま待機する。


「ふふっ、みじめだね~。年下の女の子に命令されて、涙ぽろぽろ流しながら舌出してるよ」


 くすくすと残酷な少女が笑っている。


「涎がぽたぽた落ちてるのもそそるかも。まるでご主人様に媚びへつらっている飼い犬みたいだよ、今のお前ら」


 ぎゅうううっ。

 唐突に玲奈の手が伸びてきて、俺たちの舌をつかんだ。そのまま、彼女の腕に力がこもったかと思うと、そのまま持ち上げられてしまった。


「ひゃだあああああッ!」

「とれひゃああああああッ!」


 舌だけを片手でつかまれて、そのまま宙づりにされる。浮遊感があって、俺たちの足は地面につかなくなった。


「ほら、御主人様が見つめてあげる」


 じいいいいいッ!

 俺たちの顔は玲奈の視線の高さまで持ち上げられていた。だから、彼女の恐ろしい視線をまじまじと受けることになってしまった。

 目の前。

 そこにはジト目で俺たちのことを観察している少女がいた。舌をつかんで男二人を同時に宙づりにしている少女。その怪力の前にあっては、俺たち二人の命なんて風前の灯火だった。


「なっさけな。もう心折れかかってるね」


 ニヤニヤと笑っている。


「涙流して必死の懇願。くうんくうんって泣いて、年下女子に視線だけで命乞いしちゃってる。ふふっ、このまま何時間も観賞しちゃおっかな」


 そんなことをされた舌が引きちぎられてしまう。

 今もブチブチっと、何か繊維質のものがちぎれる音が響いている。激痛から自然と涙が流れ、舌からは涎がぽたぽたと落ちていた。その痴態全てを目の前の少女は逃すことのないようにじっと見つめていた。


「ふふっ、ま、許してやるか」


 どさっ。

 唐突に投げ捨てられ、地面に転がる俺と朝倉。

 舌に手をやるとまだついていて心の底から安堵した。けれども口全体が麻痺してしまったようで感覚がなかった。「ひいひい」いいながら、俺と朝倉は舌の激痛に身悶えた。


「おら、はやく舐めろよ」


 そんな俺たちに容赦をする玲奈ではなかった。

 彼女は仁王立ちのまま下半身をどんとつきだしていた。俺たちは泣きながらその大木のような太ももにすがりつき、ぺろぺろと舐めた。

 舌の感覚はない。

 けれども人の肉と血を喰らっているということは実感する。俺たちは級友の死体を喰っているのだ。しかも、年下の少女に命令されて、強制されている。

 俺たちの同級生、島の男子を殺し尽くしてきた憎いはずの敵。

 しかし俺たちに刃向かう気持ちなど微塵も生まれなかった。

 ただただ許してもらいたい。

 殺さないでほしい。

 助けてほしい。

 もうすでに心をバキバキに折られてしまった俺たちは、ただ泣きながら玲奈様の体にすがりつき、ぺろぺろとその体を舐めて掃除していくしかなかった。


「ふふっ、あ~、キモチ~」


 玲奈様が言う。

 勝ち誇った少女の手が俺の頭にのっかり、わしゃわしゃと撫でた。あの葬式の時とは立場が逆転していた。俺は年下の少女に頭を撫でられながら、彼女の圧倒的性能をもった体に奉仕を続けるのだった。



つづく