出席番号7番 堂林悟。

 筋肉を鍛えるのが趣味な男で、いつも学校のトレーニングルームに入り浸っている男だった。

 特に部活に所属しているわけではない。

 ウエイトリフティング部があったらそこに入部していたのだろうが、そんな部活なんてない島の学校では、筋肉をただ鍛えるしかなかった。プロテインを一定時間ごとに飲んでいて、冬でも半袖で過ごす暑苦しい男だ。

 玲奈とも仲がよくて、よく筋肉談義に花を咲かせている。

 どうすれば効率的に筋肉を鍛えることができるかや、プロテインの接種方法などを良く喋っては楽しそうに笑っていた。

 俺たちクラスメイトの中では一番の体力をもった男だ。

 そんな男相手に、敵はあろうことか腕相撲での勝負を提案してきた。


 *


「本当に腕相撲で勝てたら俺の勝ちでいいんだな?」


 堂林が念押しをしたように言った。

 いつもの肩なしランニング姿。男の俺から見ても筋肉で隆起した体をもって、堂林は堂々と敵と対峙していた。


「あたり前じゃん。女に二言はないよ」

「ふんっ。まあいいだろう。その言葉後悔させてやる」


 自信満々な堂林だった。

 これまで目の前の敵は男たちを3人殺してきた残酷な女だというのに、怯えた様子は皆無だった。自分の筋肉に絶対の自信をもっているのだ。男を殺すことができるといっても、純粋な力勝負で男である自分が負けるはずがないと信じている。己の筋肉でもって目の前の敵をギャフンと言わせてやるとそう思っているようだった。

 そんな自信は開始1秒で崩れ去ってしまった。


「よわっ、ザコじゃん」


 敵が吐き捨てるようにして言った。

 あっという間の出来事だった。

 敵が能力でつくりだしたテーブルに肘をつけ、互いが相手の右手を握り、勝負がスタートして終わった。ドッスンっという大きな音と共に堂林の右手はテーブルの上に叩きつけられ、そのまま勢いよく男の体が地面まで転がった。


「こんな力弱くて、よく私に偉そうな口きかたね、おまえ」


 蔑んだ視線で堂林を見下ろす敵。

 女王様の仮面越しであるのに、その瞳が冷酷に凍てついているのが分かった。


「く、も、もう一度だ」


 堂林がなんとか立ち上がって言った。

 まだ彼の心は折れていないようだった。圧倒的な戦力差を前にしても勝利を目指して再戦を申し出ている。それを聞いて、敵が「ふう」とため息をついた。


「ま、いいけど。でも、もうおまえの実力わかっちゃったから、つまらないな~」

「ふ、ふざけるなよ。さっきのが本気だとは思わないことだな。全力でいくぞ」

「はいはい」


 だるそうな敵の態度。

 お互いにテーブルに肘をつく。その途端、敵の右手が勢いよく堂林の右手を掴み、ぎゅううっと握りしめた。それはまるで肉食動物が獲物にかぶりつくような俊敏さだった。あまりの激痛に堂林の顔が歪む。


「じゃ、レディー・ゴー」


 かけ声。

 堂林が必死の形相を浮かべて力をこめた。


「く、おおおおおおおッ!」


 ギリギリと歯を食いしばり、体重さえも力に変えて目の前の敵の右手をテーブルに叩きつけるために全身全霊をかけている。ふんばり過ぎて顔が真っ赤になり、苦悶の表情になっている。男のプライドや生命をかけた全力の動きだった。


「なにそれ」


 それなのに、敵は微動だにしなかった。

 まったくの余裕。冷めた表情で目の前で必死の形相を浮かべている男を見つめている。


「はあ、もういいや」


 ぐいっ。

 力を入れたようには見えなかった。それなのに、敵の腕がゆっくりと動いていく。堂林の右手をつかんだまま、男の腕がゆっくりとテーブルにむかって倒れていく。


「これくらいで2割かな」

「く、くっそおおおおッ!」

「ぜんぜん力なんていれてない。なのにおまえは抵抗もできないで負けちゃうの」

「くっくうううううッ!」

「3割」


 どっすううんんッ!


「ひいいいいいいッ」


 あっけない幕切れだった。

 またしても堂林の右手はテーブルに叩きつけられた。しかも、今度はそれで終わらない。


「あ、ああああああッ!」


 悲鳴。

 テーブルに押さえつけられた堂林の右手にむかってさらに力がこめられる。寒々しい視線を浮かべた敵が、けだるげな表情でもって堂林の右手を潰しにかかっていた。


「い、痛い痛い痛い痛いいいいいいッ!」


 絶叫。

 泣きそうな顔を浮かべて与えられる激痛になんとか耐えようとしている男。そんな情けない存在にむかって、敵が言った。


「このままおまえの手を潰す」


 端的に。

 事実を確認するようにして。


「それが嫌なら両手つかっていいからあらがってみせなさい。ほら、はやく」

「ひ、ひいいいいいいいッ!」


 恥も外聞もなかった。

 堂林は両手をつかって抵抗を始めた。

 筋肉では劣っているはずの女の片腕に対して、男である堂林が両腕でたちむかった。

 敵の右手を両手で掴み、体ごとテーブルから引っこ抜こうとしている。それなのに、敵の右手は微動だにしなかった。


「もういい」


 4割。

 ズドオオンンッ!

 テーブルが叩き壊れ、そのまま堂林の両腕が地面に叩きつけられた。全身を強打した堂林が、悲鳴をあげることもできずに目を見開いて苦しみ始める。


「ほんと見かけ倒しだね、おまえは」


 敵が男を見下ろしながら言った。


「その筋肉はかざりなの? 質が悪すぎて、笑っちゃうんだけど」

「ひ、ひいいいいいッ」

「ほら、見てよ私の筋肉。すごいっしょ?」


 そう言って敵が右腕を折り曲げた。

 彼女の二の腕にぐぐっと筋肉の塊が浮かんで、それを見上げた堂林が「ひい」と悲鳴をもらした。


「女の子の柔らかそうな腕なのに、力をこめればこのとおり。言っておくけど、質だっておまえのヨワヨワ筋肉とは比べものにならないからね。いっつもプロテイン飲んで自慢してきたけどさ~、おまえは鍛えてもいない女の筋肉に負けてるんだよ」


 勝ち誇った言葉。

 それによって堂林はうつむいてしまった。
 
 自分の自信の源が崩れてしまったのだろう。すがるべき存在を壊されてしまった男は、もはや抵抗するそぶりすら見せずに、目の前の女に屈服してしまっていた。


「よし、殺そう」


 敵が笑った。

 彼女は怯える堂林を立ち上がらせると、そのままがしっと両腕で男の胴体を抱きしめた。愛のある抱擁。それが堂林の命を奪う技となった。


「ぎゃあああああああッ!」


 べぎばぎべええっぎいいいいっ!

 ベギベギイイイイッ!

 骨と肉が潰れる音が響く。

 それは全て敵の抱きしめによるものだった。彼女の豊満な体の中に堂林は沈むような格好になっていた。屈強な二本の腕が力強く男を抱きしめている。大きなおっぱいが男の矮小な胸板を潰して、まるで男の体を柔らかそうな女の体に吸収していっているようだった。


「苦しいっしょ? 耐えられない?」

「あああああッ! あああああッ!」

「ふふっ、いっしょうけんめい努力して筋肉をつけたのにね~。でも、私の前ではこんなの通用しないよ。私にかかれば、こんな見かけ倒しの体なんて、針金でつくった人形をぺちゃんこするより簡単に潰しちゃうの」


 こんなふうに。

 ぎゅうううううううッ!

 さらに力がこめられる。腕相撲の時に退屈していたのが嘘のように女は嬉々として堂林を潰していた。

 抱きしめの強烈さから、堂林の体が敵の体に乗り上げて足が地面につかなくなった。

 腕ごと抱きしめられているのだが、その腕もボキンと折れて使い物にならなくなった。今も、ばぎべぎいっという盛大な音と共に、堂林の体は壊されていっている。


「ごぼおおおおおッ!」


 堂林が何かを吐いた。

 それと同時に断末魔の悲鳴が止み、彼の体が動かなくなった。死んだのだ。


「お、内臓出たね~」


 敵が言った。

 その言葉どおり、堂林の口から出てきたのはどこかの内臓だった。男の胴体はぺちゃんこになったように不自然にへこんでいた。


「アバラもぜんぶ折ってやると、こうなるんだよね~。抱きしめて潰して、男の口から内臓吐き出させる瞬間って何度やってもやめられないな~。ごぼおおって命を直接吐き出すみたいな音がするんだよね。感触もきもちい~」


 感極まったように笑う少女。

 彼女の嗜虐心はとどまることを知らない。


「じゃ、このままおまえの内臓が全部口からでるように加減しながら抱き潰してやるよ。歯磨き粉のチューブから中身全部出すみたいに、おまえの体の中にある内臓をおまえの口から吐かせる・・・・・・って、もう死んでるから聞こえないよね」


 ぎゅううううううッ!

 さらに抱きしめた。

 言葉どおり、堂林の体内にある内臓が全て吐き出されるまで、死の抱擁は終わらなかった。

 彼女が力をこめるたびに、ごぼっごぼっと男の口から内臓がこぼれてきた。最終的には胴体がぺちゃんこにされたサッカーボールみたいになってしまった。皮と少しの肉だけを残して萎んでしまった死体がそこにはあった。


「あ~、たのしかった」


 敵がしぼんだ堂林を海に投げ捨てながら言った。

 飛び出した臓物もけっ飛ばして海に落としていく。血液まみれになった敵の姿が月明かりに照らされている。恐ろしいはずの敵だったのに、その姿はどこか美しかった。


「じゃ、また綺麗にしてね」


 敵が言った。


「今回は大変かもよ」


 ニンマリと笑った敵の笑顔。

 それが俺の体を支配した。
 


つづく