射精したい。

 射精したい。

 射精したい。

 頭の中はそれだけになる。

 私という存在が、肉棒だけになるのを感じる。理性ではなく本能が私を動かす。肉棒で考え、睾丸で夢想し、性欲がすべての行動原理になってしまう。

「大谷さん、ここの数字、間違ってますよ」

 会社ではミスが続いた。

 私は頭を下げ、修正作業に入るのだが、頭の中にあるのは「射精したい」という切実な願望だけだ。

(巳雪さん)

 仕事中もずっと彼女のことを考えている。

 彼女にいじめられる。

 彼女にかわいがられる。

 そんなことを妄想しては、ますます肉棒を固くしようとして、貞操帯に阻まれる。その金属の冷たい感触を股間に感じ、自分が支配されていることを分からされて、それだけでマゾイキしそうになる。会社の中で、近くに巳雪さんもいないのに、支配されているという感触で頭は一色になってしまった。

(巳雪さん)

 彼女の肉体。

 最近、さらに成長してきた巳雪さんの体を夢想しては、興奮してしまう。明らかに、不自然なほどに、巳雪さんの魅力は増していた。見慣れている自分でも、彼女の匂いと姿を見ただけで射精しそうになる。ピンク色の水蒸気みたいなフェロモンの暴力がさらに濃くなっているように思えて仕方ない。あの理性的な美しい相貌が、妖艶に笑う様子を想像して、「う」と呻いてしまった。

「おいおい、すげえ顔してるぞ、おまえ」

 郷田がやってくる。

 経費申請のための領収証を差しだしながら、じっと私のことを見つめてきた。

「欲求不満な顔をしている」

「な、なにがだよ」

「奥さんとうまくいってないのか? 禁欲生活30日目みたいな顔をしてるぞ」

 変に勘の良いところのある郷田がずばり核心をつく。私が何も言えなくなってしまったのを見て、「やれやれ」と嘆息した。

「なにがあったか知らねえが、仲直りしろよ」

「ち、違う」

「おまえが欲求不満ってことは、あっちも欲求不満ってことだろう。あれだけの美人だ。近場の男に「ひょい」と声をかけたら、いちころだぜ? そうならないようにとっとと仲直りしちまえ」

 ひらひらと手を振りながら去っていく。

 横にいた近藤が「俺ならいつでもヒョイされます」と言って郷田に殴られている。けれど、それよりもなによりも、私は郷田の言葉に頭を殴られたようになっていた。どうして今まで気づけなかったのか。考えてみれば、明らかにおかしいのだ。

「巳雪さんも、欲求不満」

 声に出してしまう。

 欲求不満。

 そうだ。

 当然だ。

 私は射精できないのだ。

 射精できないということは精子を出せないということ。精子を出せないということはそれを食べることもできないということ。それならば巳雪さんは、ずっとこの1ヶ月、なにも食べないでいるのと同じはずだった。

(い、いや……たしか、食事でも微量だけど栄養をとれるって言って……)

 そこで思い出すのは彼女と出会った時のことだ。色素の薄れたボサボサの髪。肌荒れをした老婆のような女性。そんな彼女が、私の子種を食べ、またたくまに絶世の美女へと変わった記憶を思い出してしまう。

「変だ」

 明らかに今の巳雪さんは成長している。

 活力を失うどころか、活力を増してさらに生命力に満ちた存在に成長しているのだ。私の子種を摂取していないのに、そんなことが可能なのか。

「まさか」

 その考えが脳裏に思い浮かぶ。

 全身が冷たくなり、背筋には冷や汗が流れる。

 足場がすべて崩れてしまったような喪失感。これまで現実だと思っていたものがすべて玩具のつくりものだと知らされたような崩壊の感覚。私はいてもたってもいられなくなった。

「確かめよう」

 立ち上がる。

「家に帰って、確かめよう」

 この考えが間違っていれば家に帰っても問題ない。

 昼間の我が家に不自然な点はない。

 巳雪さんは一人でせっせと家事をしているはずだ。そうだ。そうに決まっている。もし、そうでないならば……、

「ごくっ」

 生唾を飲み、手早く早退の手続きをする。

 あっけにとられている周囲の職員たちを無視して、私は自宅にむかった。



 *



 違う。

 違う。

 そんなはずがない。

 そんなことばかり頭の中で反復しながら、昼間の我が家にたどりつく。その見慣れたはずの建物。何の変哲もない集合アパートを見上げて、その異変に気づく。

「な、なんだこれ」

 目の前の建物は不気味にたたずんでいた。

 昼間で、太陽の光に照らされているのに、アパートの建物は怪しげな雰囲気で鎮座し、不自然なまでに静まりかえっていた。まるで恐ろしい敵から逃げるために弱者たちが息をひそめているような雰囲気。そんな光景を前にして、私はゴクリと生唾を飲み込む。

「い、行かなくちゃ」

 歩く。

 自分の家へ。

 巳雪さんが待っているはずの自宅にむかって足を進めていく。冷や汗が止まらない。足がぷるぷるとふるえる。ハアハアという荒い息をしているのが自分だと気づいて驚いた。

「――――アッ―――――」

 その時、

 確かに悲鳴が聞こえた。

 その悲鳴は次から次へと聞こえてきた。

 信じたくない。

 けれど無理だ。

 悲鳴は我が家から聞こえてくる。

 無心。

 無表情。

 思考がとまって、私の手がドアをあけようとしている。そこで鍵がかかっているのに気づく。私が帰宅するといつもあいている鍵が、今は閉まっている。それがもう決定的な証拠に思えて仕方ない。私は鞄から久しぶりに鍵を取り出し、それを鍵穴に挿入して、まわした。ガチャンと真実がひらかれる音がして、ドアがあいた。悲鳴が、うるさいほどに聞こえてきた。

「ゆ、ゆるしてえええッ! もうイけませんんッ!」

 自分のものではない。

 他人の悲鳴。

 悦びと恐怖で発狂しそうになっている人間の断末魔だ。

「う、う、う」

 歩く。

 私の体がひとりでに、

 歩いて、それを見た。

「巳雪様ああああッ! もう、もう出ませんんッ!」

 男が全裸で四つん這いになっていた。

 その男の一物の下にはバケツがおかれていた。さきほどから、男の一物から大量の精液が絞られ、バケツの中に垂れていっていた。

「…………」

 男を射精させているのは巳雪さんだった。

 体のラインがぴったりと出る白色のブラウスと、黒色のロングスカート。いつもの貞淑な妻といった服装の彼女が、膝を曲げてかがみこみ、四つん這いになった男の一物を握って、乳搾りならぬ精液搾りをしていた。

「ひゃああああッ!」

 どっびゅううううッ!

 びゅっびゅううううッ!

 巳雪さんは無言だ。

 無言で男を射精させていく。

 よく見ると彼女はゴム製の手袋をしていた。手術で医者が使うような薄いやつ。それを着用した巳雪さんが、単純で暴力的な上下運動で男の一物をしこり、さらに射精させていった。

「ゆるじでええええッ!」

 男が泣き叫びながらバケツにびゅっびゅっと精液を打ちつけていく。

 その男の声には聞き覚えがあった。隣人だ。隣の部屋に住んでいる無職の男。その男が、今、私の家で、私の妻の手によって、射精させられている。バケツの中にはかなりの精液が溜まっているのが分かる。巳雪さんの卓越した指使いによって、一瞬たりとも我慢することができず、精液を搾り取られていく。四つん這いの格好を維持することができなくなった男が顔を地面に突っ伏して、お尻だけを高くあげる格好になる。それでも許されなかった男が甲高い悲鳴をあげると、巳雪さんが冷たい声で言った。

「うるさい」

 ドスンッ!

「むぐううううッ!」

 腰をあげた巳雪さんが無慈悲に男の後頭部を踏みつけにした。

 そのままグリグリと、彼女の生足が男の後頭部を踏み潰し、男の顔面を地面にこすりつけていく。その状態のまま、巳雪さんは男の腰をかかえて、持ち上げ、精液搾りを続けていった。

(す、すごい)

 思わず見とれてしまう。

 男の腰を抱きかかえて持ち上げ、宙づりにして、巳雪さんが精液搾りを続けていく。

 いつもの優しそうな雰囲気は微塵もない。ただただ冷酷。男のことを精液を絞るための家畜くらいにしか思っていない残酷さがヒシヒシと伝わってくる。男の後頭部を踏み潰す力は明らかに加減がされておらず、男の頭蓋骨がミシミシと軋んでいるのが分かる。男がどんなに暴れても、片腕だけで男の腰まわりを抱きかかえ、拘束し、事務的な精液搾りをしては、地面に置いたバケツめがけて精液をビュッビュっと発射させてしまう。私は思わず、彼女の名前を呼んでしまった。

「み、巳雪様」

 声に出した瞬間に我に返る。

 後悔しても無駄だ。

 精液搾りをしている恐ろしい女性がこちらに振り向く。冷徹な能面じみた無表情に「ひい」と悲鳴を漏らしたのもつかの間、目の前の恐ろしい女性がニッコリと笑った。

「旦那様、おかえりなさいませ」

 人の心を温かくするような笑顔。

 しかし、彼女は今、隣人の男の後頭部を踏み潰し、その腰を片腕で抱きかかえながら、無慈悲な精液搾りを続けているのだ。訳が分からなかった。

「今日はお早いですが、どうしたんですか?」

「え、あ、いや」

「ふふっ、旦那様が早く帰ってきてくれて嬉しいです。すぐに終わりにしますので、少し待っていてください」

 ニッコリとした笑顔。

 夫のいない昼間にほかの男を射精させていたことについて一切の良心の呵責を感じていないことが分かる。私が混乱している前で、巳雪さんが抱きかかえていた男の腰を手放した。

「よいしょっと」

 地面に顔面から突っ伏すように倒れた男の頭部を巳雪さんが跨ぐようにして立つ。そのままドスンッと尻もちをついて、男の後頭部を巨尻で潰した。

「むぐううううううッ!」

 巳雪さんの尻肉の下からくぐもった男の悲鳴が聞こえてくる。

 そんな苦しみ悶える男には無頓着に、巳雪さんがぐりぐりとお尻を動かし、ベストな座り心地となる場所を見つけてしまった。彼女の巨大なお尻の割れ目にすっぽりとおさまってしまった男の悲鳴が、どこか遠くから聞こえてきた。

「少し本気を出すとうるさくなりますからね。こうするのが一番なんです」

 男の後頭部に座り、ニコニコ笑いながら巳雪さんが言う。私が言葉も喋れないでいると、彼女は片腕で男の腰を持ち上げ、勃起した男の肉棒を握りしめた。

「いきます」

 始まったのは暴力だ。

 サキュバスによる本気の精液搾り。

 相手をいたわるとか、相手に快感を与えるとか、そのような配慮を一切なくした、ただただ精液を搾り取るための動き。グジョッグジョッと粘着質な音が響く。肉棒を握った巳雪さんの手が視認できないほどの速さで上下運動を開始する。すぐに男の一物から精液が止まらなくなった。地面に置かれたバケツの中に男の生命力そのものである子種が放出されていく。

「むううううううッ!」

 くぐもった悲鳴が響き、それすらも巨大な臀部によって吸収されてしまう。

 悲鳴があがればあがるほどに男は射精していった。巳雪さんの暴力的な手コキも終わらない。ずっとずっと―――長い時間をかけて―――男は射精を繰り返していった。そして、

「ん、終わりですね」

 巳雪さんが淡々と言う。

 最後の仕上げとばかりに彼女が一物の根本から亀頭にかけてぎゅっぎゅっと力をこめてしこっていく。それはまるで、なくなりかけた歯磨き粉のゴムチューブを搾り取ろうとする動きに似ていた。一滴たりとも逃がさないという執拗な手つき。巳雪さんの手の動きにあわせて、男は最後の射精をポタポタとバケツに落とし、終わった。

「ほら見てください旦那様。こんなに子種がとれましたよ」

 自慢するように巳雪さんがバケツを見せつけてくる。

 その中には大量の精液が溜まっていた。

「いただきますね?」

 バケツを手にとり、巳雪さんがその縁に口をつける。

 そのままバケツをかたむけ、そして、

「ゴキュンッ!」

 飲んだ。

 他人の男の精液を。

 自分の妻が、

 巳雪さんが、

 喉をならして飲んでいく。

「ゴキュウッ! ゴクン! ゴックンッ!」

 丸飲み。

 男の大事な遺伝子情報が一人の女性によって捕食されていく。その様子を見せつけられ、私は興奮してしまった。目の前の女性が食物連鎖の頂点に立つ存在であることを分からされる。すべての雄は目の前の女性に食べられるために存在しているのだ。強制的に搾り取られて、食べられる。丸飲みされて、胃の中で吸収されて、彼女の養分にされる。その客観的事実を、まざまざと見せつけられた。

「ふふっ、ごちそうさまでした」

 バケツから口を離した巳雪さんが言った。

 口についた精液をぺろりと舌で舐めとって、それすらもゴクンと飲み込んでしまう。バケツの中に溜まっていた精液は一滴たりとも残らず、巳雪さんの胃の中に吸収されてしまった。

「やはり、こいつらの精液はまずいです」

 顔をゆがませて巳雪さんが言う。

「不純物がまじっていて、栄養価もそこまで高くないというのが分かります。本当に、旦那様の上質な子種とは大違いの、ゴミクズ精子」

 辛辣に吐き捨てるように言った巳雪さんが、気絶した隣人の頭を踏みつけにした。あれだけの精液を提供してくれた相手をいたわることもせず、暴力的に隣人の頭を踏み潰していく。

「それでも、贅沢は言ってられませんよね。赤ちゃんをつくるために、わたしも我慢しないと」

 巳雪さんが私にむかってニッコリと笑う。

 彼女の言葉の意味がさっぱり分からない。けれども彼女がこの状況をおかしなものでないと感じていることが伝わってきた。一切の罪悪感もなく、夫ではない男の精液を捕食し吸収してしまった女性が言う。

「ゴミはゴミでも精液であることは変わりありません。ほらきましたよ」

 変化は劇的だった。

 巳雪さんの体。

 その大きな女体が、さらに大きく感じられた。ピンク色の蒸気じみたフェロモンがぶわっと周囲に放散していき、私の体を殴っていく。その匂いによって頭が一瞬で麻痺し、肉棒がビクンビクンと痙攣してしまった。

「んふっ、ぜんぶ吸収できたみたいです」

「み、巳雪さん」

「また成長しました。これで赤ちゃんつくりに一歩前進ですね」

 にっこりと笑った女性。

 またしても成長した女性を前にして、私は一歩も動けなかった。妖艶に輝く彼女の瞳に貫かれ、蛇に睨まれたカエルのように身がすくんでしまう。ああ、自分もエサなんだ。そんな考えが全身を支配し、恐怖と共に、興奮している自分を発見した。



 *



 精液搾りが終わり、片づけも終わった自宅。

 気絶した隣人をゴミでも投げ捨てるみたいに玄関から放り投げた巳雪さんが帰ってきて、私たち夫婦は二人きりになった。

(話さなきゃ、なんでこんなことになってるのか、きちんと話し合わないと)

 裏切られたという気持ちや、嫉妬や、巳雪さんへの愛情がグジャグジャの感情となって私の体を支配している。

 今にも泣き叫びそうになるほどの激情をおさえて、私は言った。

「巳雪さん、少しいいですか?」

「はい、なんでしょうか」

 にっこりと笑って私の近くに寄ってきてくれる巳雪さん。夫が早めに帰ってきたことに機嫌をよくしてニコニコ笑っている女性にむかって、私は口をひらこうとする。

「あの……」

「はい?」

「な、なんで……」

 言葉が出てこない。

 あわあわと口をあけては閉ざす。

 キョトンとしている巳雪さんの姿が視界に飛び込んでくる。やはり罪悪感を一つも覚えていない女性にカアッと血がのぼるみたいになった。

「い、いつから隣の男の精液を飲んでるんですか?」

 いつからだ。

 いつから。

 いつから、あなたは隣の男とそういう関係になっているんだ。

 激情が全身を支配し、頭がおかしくなりそうだった。

「ええと……もちろん、子づくりを始めた時からですよ」

「こ、子づくり?」

「はい。なので、旦那様の射精管理を始めた日からでしょうか」

 そんな前から。

 そんな前から、隣の男の精液を搾り取って、食べていたのか。

「な」

 言葉が出てこない。

 それでも心の底からの疑問が口から飛び出てきた。

「なんで、ですか?」

「旦那様?」

「ど、どうして」

 ぽろぽろと涙が出てくる。

 女々しい。そんなことは分かっている。それでもどうすることもできなかった。心が耐えきれない。だから涙になって体からこぼれてくる。喪失感で体の境界線が崩れる。涙が、次から次へとあふれて、床にぽたぽたと水滴をつくった。

「だ、旦那様」

 巳雪さんが、あわてたようにこちらに体を寄せようとしてきた。それを私は拒絶する。手を前に突きだして、それ以上彼女が近寄ってこれないようにした。

「旦那様、まさか」

 そこまできて、ようやく巳雪さんはことの重大さを理解したようだった。

 ハっと息をのんで、彼女も涙目になり、苦しんでいる私のことを哀しそうに見つめてきた。

「まさか、ご存じなかったのですか?」

「な、なにがですか」

「わたしたち一族の……こういった性質をもった女の、子供のつくり方です」

 意味が分からず、返答できない。

 それこそが答えだった。

 巳雪さんが「ううっ」とうめき声をあげて、ついに泣き出した。

「申し訳ありません。旦那様は知っているものとばかり」

「知っているって、なにがですか?」

「ごめんなさい。申し訳ありません。許して……許してください……旦那様、どうか、どうか許して……」

 泣き崩れて巳雪さんが私にむかって土下座をしてくる。ここまで取り乱した彼女の姿を見ることは初めてで、私はどうすればいいのか分からなくなってしまった。部屋の中に巳雪さんの泣き声だけが響いていく。

「旦那様だけではダメなんです」

 どれくらいの時間が過ぎただろう。

 顔をあげた巳雪さんが言った。

「旦那様に上質な子種をつくっていただくだけではダメなんです。いくら上質な子種でも、飢えたわたしの体は、それを養分として吸収してしまいます」

「あ」

「だから、旦那様に我慢をしてもらっている間、わたしは他の養分を摂取する必要があるんです。子づくりの時に、旦那様の子種を養分としてではなく、子づくりに使うために」

 顔をあげた巳雪さんがぽろぽろと泣いた。

 真珠のような大きな涙がぽたぽたと床に落ちていく。

「旦那様を傷つけてしまいました」

「巳雪さん」

「旦那様を……大事な……大事な旦那様を傷つけてしまって……ひい……も、申し訳ありませんでした…………」

 嗚咽まじりの謝罪。

 美人も台無しになるくらいに涙で顔をぐじゃぐじゃにしながら巳雪さんが言った。

「もう、やめましょう」

「え」

「子づくりです……旦那様が傷つくのを見ていたくありません……そもそも無理な話だったんです。わたしみたいな化け物が、人並みに子供をつくって幸せになるなんて……」

 笑った。

 巳雪さんが泣きながら笑って、

「わたしには旦那様がいます。それだけで幸せなんです。本当に今までの人生で、こんなに満ち足りた時間を過ごしたことなんてありません。旦那様と一緒にいられるなら、わたし、赤ん坊なんていりません」

 笑いながら気丈に語る女性。

 私は腹が立って仕方なかった。

 自分で、自分のことを、殺したくて仕方なくなる。

「そ、そんなこと言わないでください巳雪さん」

「すみません……旦那様……すみません……」

「私の、考えが足りませんでした」

 考えが足りなかった。

 覚悟が足りなかった。

 彼女と赤ん坊をつくるということがどういうことか、想像力が欠如していた。

 考えてみれば当たり前の話しだ。巳雪さんはずっと私の精液を食べていた。私の精液を栄養にして生命を維持していたのだ。それを子づくりのために何ヶ月も食べないでいたら死んでしまう。子づくりどころの話しではないのだ。それを失念していた。

(自分ばかりだ)

 自分、自分、自分。

 自分のことばかり。

 射精したいと自分のことばかり考えて巳雪さんのことを考えていなかった。その結果がこれだ。

「ごめんなさい……申し訳ありません……ヒュウウ―――……申し訳ありません……」

 巳雪さんは泣いて謝るばかりだ。

 そうさせているのは自分だ。自分が至らないから巳雪さんを悲しませている。

 許せなかった。私は覚悟をきめた。

「巳雪さん」

 言った。

「子づくりを、続けましょう」

 驚きに目を見ひらいた巳雪さんにむかって、さらにたたみかける。

「私なら大丈夫です。取り乱したりしてすみませんでした。巳雪さんと子供をつくりたい。そのためなら、どんなことでも我慢できます」

「だめ……ダメです……だめだめ……旦那様を傷つけてしまう……ダメです……」

「大丈夫です。巳雪さんの希望は私の希望でもあるんです。一緒に子づくりをがんばりましょう」

「ダメ……だめ……だめです……」

 泣きながら私にすがりついてくる。

 彼女の大きな体が私の小さな体にすりよせられる。ぎゅうううっと抱きしめられ、懇願されている。子づくりを懇願しながら、同時に子づくりの中止を懇願する。そんな矛盾した巳雪さんの思考が手にとるように分かる。笑っているような、泣いているような、取り乱した表情。矛盾した感情の混乱の中で、巳雪さんが幼子のように私の体を求めてすがりついてくる。

「巳雪さん」

 取りつくろってはダメだ。

 自分だけ安全な場所にいてはいけない。恥ずかしさをかなぐり捨てて、私は言った。

「興奮してました」

「え?」

「さっき、巳雪さんが隣の男を犯して、精液を搾りとって、それを飲み干しているのを見て、私は、嫉妬で狂いそうになりながら、興奮していました」

「あ」

 彼女の手をとり、私の肉棒を握らせる。

 貞操帯でも拘束することができないほど勃起した肉棒。私が興奮している証拠を握らせ、驚いている彼女を真正面から見つめながら、言う。

「調教してください」

「旦那様」

「もっともっと、私のことを、調教してください」

「ひ……ひい……」

「私と巳雪さんと、そして子供の3人で、幸せになりましょう」

 ぎゅっと巳雪さんの体を抱きしめる。

 一瞬だけ弛緩した彼女が「ひい……ひい」と泣き出した。それでも分かった。彼女が私の体を力強く抱きしめてくる。それだけで巳雪さんの心に触れられた気がした。私の肩に顎を乗せて、ずっとずっと泣いていく巳雪さん。彼女の体がやけに小さく感じられた。



 *



 泣きやまない巳雪さんと一緒にお風呂に入った。

 泣きじゃくる巳雪さんの体を洗って、一緒に湯船に入り、彼女の体を抱きしめる。他人の男の精液を捕食し、さらに成長した彼女の裸は凶悪の一言だったが、がんばった。風呂を終えた頃、ようやく巳雪さんも少しは感情をおさえることができるようになっていた。始まったのは求愛行動だった。

「旦那様……好き……」

「あひいん」

「好き……好きです……好き」

 耳元で愛の言葉をずっと囁かれる。

 布団に寝かせられ、横で添い寝をしてくれている巳雪さんが、私の耳元で終わらない愛の言葉を続けていく。

「好き……旦那様……好き」

「ひいいっ! ひゃああッ!」

「愛しています……旦那様……旦那様……」

 さわさわと彼女の手が私の体を愛撫していく。

 その男殺しの女体が情け容赦なく私の体を抱きしめてきていて、その柔らかさだけで悶絶する。魔性の指使いで体を撫でられていく。それだけではなく、ときおり彼女のぷっくらとした肉厚な唇が私の体に押しつけられ、舐めあげられた。

「ジュバアッ! ジュルウウッ!」

「あひいいッ!」

「好きです……好き好き。旦那様……好き……」

 愛が止まらない。

 耳を舐められ、彼女の長い舌が耳の中に侵入してくる。体の中が犯されている。唾液音が直接脳に響く。

「好き……好きです……ぜんぶ好き……」

「ひいいッ! アッ! アヒンッ!」

「好き……旦那様……好き……」

「アヒッ! アンッ! ヒイッ!」

 激しくなっていく。

 体が麻痺して動かなくなる。

 気づいたときには巳雪さんが私の体の上に乗っていた。その大きな体が私の小さな体を上から容赦なく潰す。1ミリの隙間だってないくらいに密着して一つになる。

「旦那様……好き……」

 押し潰されて身動きがとれなくなった私の唇に、巳雪さんが狙いを定めたことが分かった。

 頭上から彼女の美しい顔が近づいてくる。瞳をとろけさせて、ハートマークを浮かび上がらせ、発情している女性。そのぷっくりとした唇が近づいてきて、優しく私の唇を食べた。

「好き……ジュバッ!……旦那様……ンンッ!……好き……」

 愛の言葉を語りながら、ついばむようにしてキスをしてくる。

 まるでヒナ鳥が親鳥からエサをもらおうとしているみたいに、けなげに、一生懸命、私の唇をついばんでいく。私の口元が彼女の媚薬まじりの唾液まみれになる。じいいいっと、巳雪さんが私の汚れた顔を見下ろしていた。

「旦那様……わたしだけの……旦那様……」

「あひん……ひい……」

「愛しい旦那様のご尽力、けっして忘れません……わたし、もっともっと精進して、旦那様にご奉仕させていただきます」

 聖母みたいな笑顔。

 まるで幼子を見守るような慈愛のこもったほほえみを浮かべた巳雪さんが、私の頭を撫でながら言う。

「子づくり、がんばりましょうね」

 ぎゅうううっと、抱きしめられ、彼女の生乳が私の胸にあふれかえって潰れる。

「わたしも、がんばりますから」

「ひいい……ひいい……」

「旦那様のこと、もっともっと満足させられるように、がんばります」

 近づいてくる。

 巳雪さんがトロンとした瞳で私を見下ろしてくる。

「旦那様……愛しています」

 ジュパアッ! ジュルウルッ!

 唇を奪われ、貪るようなディープキスが始まる。

 辛抱たまらんといった感じで、乱暴に、執拗に、巳雪さんが私の口内を犯していく。永遠に続くような愛情たっぷりの口づけ。彼女の体に上から押し潰されるようにして抱きしめられ、自由を奪われて、過激な舌使いで酸素を奪わる。それでも幸せだった。私は犯されながら、眠るようにして意識を手放した。



つづく