第1章



 練習相手を探すことになった。

 心あたりを必死に探したものの、思い当たるのは夢野純菜だけだった。

 家が隣同士の幼なじみ。

 子供のころは一緒に遊んでいた女の子だ。

 彼女とは最近疎遠になっていたのだが、進学校であるこの学校の中で、自分が所属しているバトルファック部の練習相手になってくれそうな女の子は純菜以外にはいそうになかった。


「ま、でも仕方ないよな。新入部員まで全滅じゃあ、四の五の言ってられない」


 俺は一人でつぶやいた。

 バトルファック部の先輩たちが卒業して、女性部員が誰もいなくなってしまった。この4月、新入部員獲得が俺たちに課せられた使命だったが、必死の勧誘もむなしく、結果は全滅。そんなこんなで、我がバトルファック部は10名の男性部員だけとなってしまった。

 男だけでバトルファックができるはずがない。そんなのはバトルファック部ではなく同性愛部とでも名称を変えるべきだ。そんな冗談が乾いた笑い声と共にささやかれるようになった頃、部長から命令を受けたのだった。


「入部してくれないまでも、練習相手となってくれる女子を探すのだ。いいかね、健二」


 部長は明らかに焦っていた。

 それも仕方のないことだ。3ヶ月後には、3年生には集大成となる高等部総体の大会が待っている。それなのに、相手となる女子生徒がいなければ、満足に練習なんてできるはずがない。

 俺は意を決して、純菜の姿を探すことにした。

 小学校の時から純菜の行動パターンが変わっていなければ、放課後は図書室にいるはずだった。その予想ははずれておらず、純菜はそこで静かに本を読んでいた。


 *


「な、なんで私なの?」






 頼みごとの回答は困惑した表情と共に返ってきた。

 彼女はもはやトレードマークになった瞳を隠すほどの長い前髪と、今時浪人生でもかけないような大きな黒縁メガネをかけていた。

 化粧もしておらず、地味という一言がこれほど似合う女子もいない。不細工というわけではない。それでも決定的に目立たなかった。いつも猫背で胸に本を抱いている様子はさらに彼女自身の存在感を弱めていた。一昔前の文学少女のようだった。


「ねえ健ちゃん。どうして私なの?」


 困惑した声。

 俺は真正面から純菜の顔を見つめて、必死に頼み込んだ。


「お前しかいないんだよ。俺がこんなこと頼める女子って、お前しかいないんだ」


 俺の言葉に、純菜が息をのんで顔を真っ赤にさせた。

 しかし、純菜をバカにすることはできない。おそらく、彼女よりも自分のほうが真っ赤になっているだろう。なんだか愛の告白をしているようで、さきほどから恥ずかしいという言葉では表現できない感情で胸がいっぱいだった。俺はとにかくこの場から逃げだしたかった。


「でも、バトルファックって、もっと可愛い子とか、派手な子がやるものだし。わたしなんて無理だよ」


 純菜が下を向きながら小さな声で言った。俺は慌てて反論した。


「い、いやそんなことないだろ。というか、バトルファックに外見は関係ないから。もともと、少子高齢化対策のために生まれた競技なんだし、全員一度は経験することだろ?」

「そんなの中等部1年の頃の話しだよ。体育の授業でもないのに、高等部でバトルファックやる人たちって、みんな背が高くてスタイルがよくて、芸能人みたいな人ばっかりだもん」

「ま、まあ確かに、その傾向はあるかもしれないけど。でも、全員が全員そんなアイドルみたいな奴ばっかでもないだろ」


 俺は純菜のことを見つめた。

 少し小柄な身長。童顔な顔立ちは昔からちっとも変わっていない。中等部の頃、純菜がよく小学生と間違えられたことを覚えている。

 それでも、彼女の肌が恐ろしく綺麗で、女の子らしく柔らかいものであることを俺は知っていた。中等部1年の体育の時間の記憶は今でも俺の中に大事に保管されている。そのときの純菜のトロけきった顔は女の顔だった。それは本当に、


「可愛かった」

「え?」


 怪訝そうな純菜の声に俺は我に返った。


「い、いや純菜だって可愛いと思うぞ。ちゃんとバトルファック用に準備すれば、ぜったいそうだって。俺が保証するよ」

「な、なに言ってるのよ」

「頼むよ純菜。俺も、精一杯サポートする。先輩たちにも無理は絶対させないから。な、頼むよ」


 拝むしかない俺だった。

 目の前の純菜はいつものように本を胸で抱きしめた格好のまま、黙った。葛藤の数秒間。ふうっというため息が聞こえた。


「わかったよ。健ちゃんの頼みだから、協力する」

「本当か?」

「うん。でも、条件があるの」


 純菜がさらに本を自分の胸で抱きしめながら言った。


「健ちゃんとは練習できない」

「え?」

「健ちゃん以外の人とだったら練習に付き合うけど、健ちゃんとはバトルファックできない。それでもいい?」


 じっとこちらを見つめてくる純菜だった。

 地味で大人しい彼女にしては珍しく強い意思を感じさせる瞳だった。


「お前、まだ中等部のバトルファックのこと怒ってるのか?」

「…………」

「確かに、あのときはやりすぎたかもしれないけど、でも乱暴とかルール違反はしてな、」

「そういうことじゃないんだよ。そういうことじゃないの」


 珍しく怒ったように声を荒げる純菜だった。

 それ以上、その話題を続けることはできない雰囲気だ。俺は傷つきながらも、純菜の条件をのむしかなかった。


「それじゃあ、明日から頼むな」


 顔を真っ赤にしながらうなずき、コクンと頷く純菜。

 俺は思わず息をのんだ。

 その照れたような顔は、4年前のバトルファックの授業の時の彼女と同じ顔だった。童顔の少女が漏らす色気。俺は4年前のことを思い出していた。


 *


 もう何十年も前から、中等部1年の体育の授業ではバトルファック競技の実施が義務付けられていた。

 少子高齢化対策のために、性的な事柄に対する見聞を深め、健全な精神と健全な肉体の修練に励むためのスポーツとしてバトルファックは生まれたらしい。

 これも授業の中で勉強したことだ。

 俺が生まれた時からバトルファックのスポーツ自体は当たり前のように存在し、テレビでもその試合の様子が放映されていた。

 4年前、俺たちが中等部1年になったときも、例にもれずバトルファックの授業を受けることになった。最初は冒頭で説明したとおりのバトルファックの歴史について学ぶ座学。さらにはバトルファックのルールと性技の知識を深める講義が続き、ようやく実技の授業となるのは2学期の後半になってからだ。

 最初はクラスメイトたちと肌を通わせることに戸惑いを覚えるのだが、すぐにそれもなくなる。隠しているから意識するのであって、隠していないものに恥ずかしさを感じることは少なくなっていく。学校の授業でおおっぴらに性的なことをしていれば、じきにそれに慣れて抵抗もなくなっていくのだ。おそらく、これが一番の教育的効果というものなのだろう。

 そのようにして実技を受け、最後の授業で実際のバトルファックをやることになる。

 卒業試験みたいなものだ。

 中等部2年からバトルファックは選択式になるので、この中等部1年の試合が人生で最後の試合になる奴も多い。

 そして、俺の卒業試験の相手は純菜だったのだ。

 幼なじみとバトルファックをすることに自分でもよく分からない妙な気持ちになったことを覚えている。今まで女として意識していなかった相手に、性を感じる。その気恥ずかしさを感じているのは俺だけではないらしく、純菜もその童顔を真っ赤にしていた。

 最初はあいさつ代わりのキスから。お互いに責め合い、舌を相手の舌にこすりつけながら、互いの体を責めていく。

 純菜の舌はとても長かった。

 純菜の舌が縦横無尽に駆けめぐって気持ちよさがピークに達する中、俺はなんとか純菜の体の愛撫に集中して、彼女の快感を高めていった。

 重点的に胸を責めた。

 純菜の胸はその童顔と同じく小さな膨らみでしかなかったが、その柔らかさは格別だった。こんな平らな体をしていながら、純菜の体はあくまでも女の体だった。俺は変に興奮して、次第に歯止めがきかなくなっていった。

 15分間の試合時間の最後、優勢となった俺は純菜を押し倒し、その中に挿入した。

 痛がる純菜を優しく責め、次第に喘ぎ声をもらすようになった純菜にむかって自分の分身をさらに打ち付けていった。脳内を浸食してくるような甘ったるい声がもっと聞きたくて、さらに責めた。トロンとした顔でこちらを見上げてくる純菜がとてつもなく可愛く見えた。最後の瞬間、体をエビぞりにさせて大きく痙攣し、快感に身をよじっている純菜の姿も魅力的だった。

 試合が終わり、何度かビクンと体を痙攣させて感じ入っている純菜の頭を優しく撫でたことを覚えている。なぜそんなことをしたのかは覚えていない。しかし、あのときは純菜とすべて繋がっている気がしたのだ。肉体的というよりも精神的に。それはとてつもない幸福感だった。


 *


 その試合があったからこそ、俺は中等部2年以降も授業でバトルファックを選択し、高等部の部活でもバトルファックをやることにした。

 おそらく、純菜との試合で俺は自信のようなものを手に入れたのだろう。打ち込むものが見つかったような気がした。高等部になってからも必死に練習を重ねて、努力を続けてきた。

 そんな俺とは対照的に、純菜は中等部1年の試合を最後にバトルファックからは足を洗ってしまった。それどころか、少し俺のことを避けるようになった。恒例だった夏の花火大会を一緒に見に行くことも、正月の初詣を一緒に行くことも、なんやかんやの理由をつけて断られるようになった。その後はクラスも違っていたので、接点らしい接点はたまに学校や近所で出会うくらいになってしまった。

 そのことに俺自身戸惑いを感じたことは事実だが、すぐに気にならなくなった。

 もう既に男女の違いがでて、これまでどおりの友人つきあいというのも難しくなっていたのだろう。純菜と一緒にいると変に恥ずかしかった。だから、若干距離を置いてきた純菜を追いかけることもなく、俺はバトルファックにのめりこむようになっていったのだ。

 彼女がなぜ俺のことを避けるようになったのかなんて、考えたこともなかった。それは、バトルファックの練習相手になってほしいと頼んだこの時も同じだった。

 もう少し、彼女の気持ちに思いを馳せていれば、あんなことにはならなかったのだろう。俺は最初から選選択肢を間違えてしまっていた。



つづく