1週間後。

 師範が帰ってくる日。

 英雄はその日、期待を胸に秘めて道場に向かった。

 学校が終わった放課後。

 当然、高等部よりも初等部のほうが学校が終わるのは早い。だから、もう明日香は道場に着いていて、師範と会っているに違いない。

(師範のことだ。ぜったい明日香の暴走も止めてくれるはず)

 英雄はそれを信じて疑わなかった。

 柔術の世界大会でも結果を出した頼れる大人の男性。

 強さの象徴のような男によって、明日香がボコボコにされていく様子を脳裏に思い浮かべる。

(師範なら・・・・・師範ならやってくれるはずだ)

 あの暴れん坊の明日香が師範にお灸を据えられている。

 そんな光景を思い浮かべて道場の門をくぐる。

 これで締め落としの地獄から解放される。

 英雄はそう思っていた。



「師範、もう終わりですか?」



 英雄の期待は道場に入った瞬間、あっけなく壊された。

 マットの上。

 そこにはニコニコ笑う明日香と、ぼろぼろになった師範がいた。

 英雄は「え」とつぶやいたまま、ただ呆然とその処刑を見つめることしかできなかった。

「ゆるして、もう、やめてください」

 師範の声。

 怯えきった大柄な男が少女に許しを乞いている。

 それは世界最強の男のはずだった。

 柔術の世界戦で優勝した男。

 誰よりも強く、誰よりも気高い存在。

 そんな彼が今、怯えきって、少女に頭を垂れているのだ。

(し、師範)

 英雄の中の大事なものが壊れた。

 男としてのプライド。

 格闘家としてのヒエラルキー。

 そんなこれまで英雄を支えていた制度やルールといったものが、粉々にされるのを感じた。目の前の少女によって。英雄のこれまでの常識がすべて塗り替えられていく。

「ダメです。まだまだこれからですよ」

 明日香がニコニコして言う。

「世界戦で優勝したんですから、もっとがんばって明日香を楽しませてくれないと」

「ゆるして・・・・・もう、これ以上は」

「だあめ」

「ひい」

 電光石火。

 明日香の大柄な体が俊敏に躍動し、師範の道着をつかむと、そのまま長い足で師範の足を払って、マットに叩きつけた。

「がかあああッ!」

 受け身もとれずに背中を強打した師範が悶える。

 そんな彼に慈悲も与えず、嬉々として明日香が襲いかかる。仰向けに倒れた師範に馬乗りになって、その胴体をがっしりと太ももで挟み込んだ。そのまま、ぎゅううううっと締め付けを開始。彼女のむき出しの太ももが、凶悪な筋肉の鎧によって禍々しく変貌した。

「ほら、がんばってください師範」

「あ、ああああ」

「あらら、太ももの締め付けだけで手も足も出ないなんて、情けないですね」

 ニコニコ。

 笑いながら、明日香がてきぱきと料理をしていく。

 師範を。

 世界最強の男を軽くあしらいながら、次々に技を繰り出して追いつめていく。

「ひゃだああああッ!」

 今の師範はまるでまな板の上の魚だ。

 明日香によって調理されてしまう食材でしかなかった。

「はい、馬乗り三角の完成です」

 あっという間に終わってしまった。

 手も足もでなかった。

 師範は明日香の強大な下半身によって潰され、その凶悪な太ももの間に挟まれて、身動き一つできない状態にされてしまった。

「あいかわらず弱いですね~師範」

 ニコニコ。

 馬乗り三角で男に顔面騎乗しながら少女が言う。

「世界戦で優勝したんですから、少しは強くなって帰ってきたのかなと思いましたけど、ぜんぜんでしたね」

「むうううう! むううううッ!」

「これじゃあ、大会に行く前、明日香に締め落とされ続けてた弱い師範のままじゃないですか。なんのために世界戦に出たんですか?」

 衝撃。

 英雄は信じられない思いで明日香を見つめた。

 はあはあと自分の息が荒くなっているのが分かる。

 明日香は最初から師範より上だったのだ。

 この道場は最初から明日香の巣だった。

 彼女が暴虐の限りを尽くす狩り場。

 そこに自分はひょこひょこと足を踏み入れてしまったのだ。

「ほら、次やりますよ。締め落としちゃうと動きが悪くなるので、最後まで締め落としはしないであげます。どんどんいきましょう」

 歌うように言う明日香。

 彼女は言葉どおりにした。

 よろよろする師範を強引に立たせて、またしてもマットに叩きつける。

 ありとあらゆる寝技で師範をズタボロにし、その尊厳をみじんも残さず粉々にしていく。

 師範はただ嵐に翻弄されるぼろ雑巾のように、明日香に壊されていった。それがただひたすらに続いた。



 *



「ゆるじでくだじゃい・・・・たしゅけてええ・・・・・じ、死にだくない・・・・・・」

 世界最強の男の末路。

 1時間近くただひたすら負け続け、痛めつけられた男がとった行動。

 師範は土下座していた。

 綺麗な土下座だった。

 額をマットにこすりつけて、全身全霊をこめて土下座している。

 少女の足下で。

 教え子の生足のすぐ近くで、師範は頭を下げて、命乞いをしていた。

「ふふっ、情けないですね」

 明日香が笑った。

 彼女はそのまま、土下座を続ける師範の後頭部を踏み潰した。

 大きな足裏が、生足のままで、ぐりぐりと師範の後頭部を蹂躙する。

 師範の顔面はマットにこすりつけられ、さらに深く頭を下げることになった。そんなことをされても師範が土下座を止めることはなかった。ぷるぷると震えながら、最強の男がただ震えて、ひたすらに土下座を続けることに集中していた。

「どうやったら許されるか、わかってますよね」

 明日香の声。

 それはどこか冷酷に聞こえた。

 彼女は後頭部を踏み潰していた足を師範の顔の前に差し出した。

「ん」

 その一言。

 師範が勢いよく明日香の足を舐め始めた。

「ジュバア・・・・じゅるじゅる・・・・」

 舐めている。

 成人男性が。

 最強の格闘家が、少女の足を一心不乱に舐めていた。

 そこに尊厳なんてかけらもなかった。

 目を血走らせんがごとく真剣な表情で舌を動かし続けている。それはひとえに、目の前の少女に許してもらうための行動だった。これ以上痛めつけられないために、許してもらうために、師範が明日香の足を舐めている。

(そ、そんな)

 英雄は信じられない思いでいっぱいだった。

 尊敬すべき師範。

 自分にブラジリアン柔術を手取り足取り教えてくれた存在。

 そんな目標にしていた男が、今、こうして明日香にボロボロにされ、足を舐めている。その光景を見ていると、英雄はわなわなと体が震え、ゴクリと唾を飲み込んでいた。

「いつまでそんなところで見てるんですか、師匠」

 明日香の言葉。

 道場の出入り口で呆然とたたずむ英雄に問いかける。

「そんなに凝視して、近くで見たらどうですか?」

「う」

 英雄はふらふらと明日香に近づいた。

 その間も、師範は明日香の足を舐め続けていた。

 それは、英雄が彼らの間近に迫っても変わらなかった。

 目の前。

 そこには高身長を誇り、足下で土下座をする男に足を舐めさせている少女がいる。

「驚きましたか、師匠」

「そ、そりゃあ、そうだよ」

「そうですよね。でも、これが日常なんですよ」

 妖しげな瞳。

 いつものニコニコした無邪気そうな様子がなりをひそめ、今の明日香は妖艶なジトっとした目つきで、英雄のことを見下ろしていた。

「明日香が強くなって、ほかの練習生相手じゃ試合にならなくなったので、こいつが明日香の相手になってくれたんです」

 くすくす。

 明日香が師範に足を舐めさせながら言う。

「最初っから明日香が圧勝しちゃいました。よわかったですね~。だから、ほかの練習生と同じように、締め落として、吊して、足を舐めさせて掃除させるようにしていったんです」

 じゅばあじゅるじゅる。

 明日香の言葉にも師範の舌が止まることなく動き続け、唾液音が英雄の耳に嫌でも入ってきた。

「そうしたら、こんな情けないサンドバックになっちゃいました。最強の男が聞いて呆れますよね」

「あ、明日香」

「師匠のことも、こいつみたいにしてあげます」

 ジト目。

 それで確信をこめて明日香が英雄を見下ろす。

「締め落としまくって、吊して吊して、心が折れるまで徹底的に師匠をボロボロにします。それで、最後には足を舐めさせます。こいつみたいに」

「う、ううう」

「ほら、よく見てください師匠。こいつが、師匠の未来ですよ」

 足を舐め続けている師範を侮蔑のまなざしで見下ろす。虫けらでも眺めているような冷たい視線。英雄はそれを見て、ハアハアと息を荒くした。

「吊します」

 明日香が師範の首を掴み、持ち上げる。

 魚になった男。

 両手両足をじたばたと暴れさせ、陸揚げされた魚になる。

 それを淡々と見上げ、明日香がふふっと笑い、締め上げる。

 男の足は地面についていない。

 宙づりにされている。

 身長の高い師範でも関係がなかった。明日香はこの道場で誰よりも身長が高く、強いのだ。

 どんな男も明日香には勝てない。

「ぐぼおおおおおおッ!」

 気絶した。

 師範だった男がダランと弛緩した体で吊るされている。

 白目をむき、ブクブクと泡をふいた情けない顔。

 高身長の明日香に象徴的に吊るされて、肉塊となってしまった弱い男の体がいつまでも揺れていた。

「師匠のことも、こんなふうにしてあげますからね」

 師範のことを吊しながら、明日香がかたわらの英雄を見下ろす。

 妖艶な表情。

 興奮していることが分かるそのジト目が容赦なく英雄に突き刺さる。

(そ、そんな)

 英雄はがくがくと震えていた。

 恐怖。

 しかし、どこか胸のうちにある興奮。

 彼の股間はこれ以上なく固くなっていた。 


つづく