「す、すごい量だ」
英雄は思わずつぶやいた。
公園のトイレ。
そこでパンツを脱いだ英雄は、こべりついた精液を見て呆然としていた。
「さすがに、これをはいて帰るのは無理だろうな」
パンツをゴミ箱に捨てて、ズボンをはく。
下半身がスウスウする。
しかし、精液まみれのパンツで電車に乗るわけにはいかなかった。
「明日香」
彼女のことを考えると英雄は顔を赤くした。
射精させられてしまったのだ。
キスだけで射精させられてしまった。
はるか年下の少女に手も足もでずに、性的に圧倒された。それを思うと英雄は恥ずかしく思い、どんな顔をして明日香に会えばいいのか分からなくなってしまった。
「でも、いつまでも待たせるわけにはいかないよな」
英雄は意を決してトイレの出口にむかった。
出迎えてくれたのは、ニコニコとした笑顔の明日香だった。
「師匠、大丈夫ですか?」
純粋無垢な笑顔。
さきほどまでの成熟しきったサディストの女性ではなく、天真爛漫とした彼女を見て、英雄はホっとした。
「体調は大丈夫です?」
「ああ、もう平気だよ」
「よかったです。それじゃあ、帰りましょうか」
明日香の笑顔。
それを見ていると、さきほどまでの出来事が夢だったような気がする。この年下の少女が、自分のことを暴力的なディープキスで射精にまで導いたなんて信じられなかった。
「いきますよ、師匠」
がしっ。
英雄が明日香のギャップに困惑していると、明日香が手を握ってきた。そのまま、英雄を後ろにつれて歩き出す。
「あ、明日香」
「師匠、まだふらついていますから、明日香に頼ってください」
「う、うん」
「ふふっ、ちゃんと着いてきてくださいね、師匠」
にっこりとした笑顔。
英雄は顔を赤らめながら、大きな明日香の後ろ姿を見ながら歩いていく。
(あ、あすか……)
彼女の後ろ姿をぼおっと見つめる。
大人っぽくおろされた彼女の黒髪。
大きな背中と、威圧的に鎮座する巨尻。
そして、そこから伸びる長い足。
英雄はそんな彼女から目を離すことができず、顔を赤らめながらぼおっと見つめ続けるのだった。
「ふふっ」
ぎゅうううううッ!
「あ」
明日香の手に力がこもる。
ぎしぎしと音をたてて軋むほどの力強さ。
「あ、明日香、い、痛い」
「ん~、どうしたんですか、師匠」
「い、痛いよ明日香。手、手が」
「え~、明日香はなんにもしてないですよ?」
ぎゅうううッ!
「ひい」
悲鳴がもれる。
右手が潰されている。握力だけで、その怪力だけで、自分の手が、
「あ、明日香」
彼女の後ろ姿を見つめながら懇願する。
それでも明日香の手の力は弱まらない。
英雄はそんな力強い彼女の魅力に参ってしまった。
「あ、あああああ」
むくむくっ!
勃起する。
手を力強く握りしめられ、力の差を思い知らされただけで興奮してしまったのだ。さっきあれほど搾り取られたというのに、英雄はまたしても明日香によって強制勃起させられてしまった。
「ふふっ、かわいいですね、師匠」
「あ、明日香」
「また勃起しちゃいました。簡単でいいですね~」
「う、ううううう」
「師匠、また明日香に射精させられたいんですか?」
英雄が明日香を見上げる。
そこに少女はいない。
ディープキスの時と同じくサディストの笑みを浮かべた女豹が、英雄の股間をニヤニヤ見下ろしていた。
「また、キスだけで射精させてあげましょうか」
長い肉厚の舌。
それがベロンと口から出てきて、見せつけられる。そのイヤラシい舌使い。それがさきほどまで、自分の口内を犯していたのだと思うと、英雄は「あああ」と声をあげて興奮してしまった。
「ふふっ」
立ち止まった明日香。
彼女は英雄の耳元に口を近づけ、ささやいた。
「また今度、師匠のこと犯してあげますからね」
「ああああああッ」
へなへな。
英雄の腰がぬけてへたりこんでしまう。
右手をつかまれたまま、地面に正座の体勢になる。それを見下ろす明日香は、さきほどまでとはうってかわって、ニコニコと純粋無垢に笑っていた。
*
英雄はよろよろしながら歩いた。
右手をがしっと捕獲されたまま、引きずられるようにして歩いていく。
明日香の後ろ姿。
英雄の意識は彼女一色となり、ぼおっと赤らんだ顔で自分よりも年下の少女の姿を見つめ続けていた。
まるで彼女が年上のようだった。
体でも力でも、そして性的なことでも。
自分が彼女に勝っていることはなにもない。
それを思うと、英雄は、彼女に隷属したいという気持ちが自分の中に芽ばえていくのを感じた。それほどまでに、英雄は明日香の魅力に参ってしまったのだ。
今も、明日香に手を握られて歩いていく。公園をぬけ、市街地へ。周囲に人がたくさんいても、英雄は恥ずかしがることもなく、ただぼおっと明日香を見つめるだけ。それは、明らかに恋をして盲目になった人間そのものだった。
「おいおい、おまえ、ひょっとして明日香か?」
そんなとき。
明日香に声をかけてきた男がいた。
男……いや、少年だった。髪を茶髪に染め、ピアスをあけて、いかにも派手な感じではあったが、その顔立ちは幼いものだった。
(あれ?)
英雄がその少年の顔を見て疑問に思う。
その顔。少年の姿には見覚えがあった。
「ひょっとして、聡か?」
ブラジリアン柔術教室に通っていた少年。
確か、明日香と同学年だった男だ。
かなり強くて、いつも明日香を虐めていたのを覚えている。何度も締め落として、明日香のことを気絶させていた少年。それが、こんな不良になっていたとは。
「って、おいおい、誰かと思えば英雄先輩じゃねえか」
聡も遅れて英雄に気づく。
そんな彼の顔が、あくどい感じにニンマリと笑った。
「なんだよおい、まさか二人、つき合ってんの?」
「な、なにいってるんだ」
「だって手だってつないじゃってよ。こんな夜に二人っきりって、そういうことだろ? うわー、英雄先輩、そりゃあないわー、犯罪じゃねえ?」
はやしたててくる聡。
ニヤニヤしながら、相手の弱みをみつけて上機嫌そうだった。
「うるさい」
底冷えする声。
それはこれまで聞いたこともない明日香の声だった。冷たい表情を浮かべた明日香が、聡のことを見下ろしている。
「邪魔しないでくれる?」
「あ?」
「もう帰るところなんだから、邪魔しないでよ」
不機嫌そうに対峙する明日香と聡。
二人の体格差は圧倒的だ。
大人と子供。それなのに、聡はどこまでも明日香に強気だった。
「なんだよおまえ、いつからそんな口きけるようになったんだ?」
「…………」
「忘れちゃったのか? 何度も締め落としてやったの忘れちゃったのかよ。ちょっと体が大きくなったからって、泣き虫弱虫のお前が変わったわけじゃねえんだぞ?」
オラつく聡。
明日香の至近距離まで近づいて、なにも言わずにいる明日香を「へへっ」と笑い捨てる。
「俺はブラジリアン柔術なんてやめて、キックボクシング始めたんだよ。やっぱり、打撃技が一番だぜ。ジムの先輩にも気に入られてるからさ、俺に舐めた口きいたらどうなるか、泣き虫のおまえでもわかるよな」
へへっ。
イヤな感じに笑う聡だった。
そんな男をただただ見下ろしていた明日香が「ふう」とため息をついた。
「チビがなに言ってんの?」
「は?」
「そんな小さい体でごちゃごちゃうるさいんだけど」
「な、なんだとてめ、うわあああッ!」
明日香が聡の胸ぐらをつかんだ。
そのまま持ち上げてしまう。
右手で聡の胸ぐらをつかんで持ち上げ、左手は相変わらず英雄の手を握ったまま放さない。
「て、てめえ、は、はなせ」
じたばたと暴れる聡。
しかし、身長差が違いすぎる。
彼の足は地面につかず宙づりにされていた。
「まだ喋れたんだ」
ぎゅうううッ!
「ぐぎいいいいッ!」
胸ぐらをつかんだ右手にさらに力がこめられる。
聡の襟が引き絞られ、彼の首を締めていく。じたばたと暴れる体。それが永遠と続く。
「かひゅう――ヒッギイイッ」
痙攣が弱まる。
白目。顔を鬱血させ苦しむ少年。
「はっ、よわっ」
それを淡々と見つめている明日香。
その顔は冷え切っていて、明らかに不機嫌であることがわかった。
「ザ~コ」
どすんンッ!
投げ捨てた。
まるでゴミでも捨てるように、明日香が聡の体を投げる。地面に吹っ飛ばされ、無様に転がった聡が首をおさえて、ケホケホとせき込みながら呼吸をむさぼっている。
「いきましょうか、師匠」
にっこりとした笑顔を浮かべて明日香が言った。
それは、さきほどまで聡を締めあげていた少女と同一人物とは思えないほど晴れやかな笑顔だった。
「あ、ああ」
英雄としては同意するしかない。
聡はまだゲホゲホと苦しんでいる。
そんな彼のことを置き去りにして、明日香と英雄は歩き去った。
*
「ごめんなさい。変な奴にからまれちゃって」
明日香の謝罪。
彼女は心底申し訳なく思っているらしく、真剣に謝っていた。
「い、いや、別に明日香のせいじゃないよ」
英雄としてはそう言うしかない。
内心では目の前の締め上げをみて、興奮してしまっていた。自分の手を握った少女は、片手だけで簡単に男を締め落としてしまえる存在なのだと思うと、ますます彼女の魅力に参ってしまう。
「でも聡、あいつどうしちまったんだ? だいぶ変わったみたいだけど」
「そうですね、師匠が高等部で柔道に専念するようになって、子供クラスの面倒を見てくれる人がいなくなってしまったんです。それで、聡くんや他の男子は教室を辞めてしまって」
「そうだったのか」
「はい。噂では聡くんは荒れちゃって、さっき自分で自慢してましたけど、ちょっと筋のよくないキックボクシングジムに通って、ますます不良になってしまったって聞きました」
「ジム?」
「そうですね、半グレまがいの集団で、暴力団の手下みたいなこともやってるところみたいです。確か、ここらへんにジムがあったみたいですけど」
「そ、そうなのか」
衝撃的だった。
あの聡がそんなことになっていたとは。ブラジリアン教室では、少しヤンチャなところもあったけど、一生懸命練習に励んでいたというのに。
「帰りましょう、師匠」
ぎゅううううっ。
手を握りしめられ、我にかえる。
明日香のニコニコした笑顔。
それを見て、英雄は「あ、ああ」と呆然とつぶやき、彼女の後をついて歩き始めた。
聡の通っているというキックボクシングジム。その存在に不安を覚えながらも、英雄は明日香の大きな体に身を寄せて、帰宅の途についた。
つづく