消えた。

 英雄には明日香の体が消えたように見えた。

 その瞬間、自分の体が何か大きなものに挟み込まれ、そのまま前のめりになって地面に引きずりこまれる。

「ふふっ、つかまえちゃいました」

 仰向けで地面に寝ころんだ明日香が言った。

 そのむき出しの丸太のような太ももには英雄の胴体が挟み込まれている。明日香の体に覆い被さるようにして、英雄は倒されてしまったのだ。

「あ」

 気づいた時にはもう遅い。

 英雄の胴体はムッチムチの明日香の太ももに挟み込まれ、身動き一つとれない状態になっている。英雄の背中では明日香の足が4の字になってがっちりと組まれていた。

 絶体絶命。

 英雄はさああっと顔を青くした。

「力こめます」

 ぎゅううううッ!

「ひいいいいいいッ!」

 万力。

 明日香の太ももが英雄の胴体を潰す。

 ムチムチの太ももに筋肉が浮かび上がり、その間に挟んだ全てを押しつぶしていた。英雄の鍛えてきた体すら矮小に見えるほどの太もも。その肉にぎっちりと挟み込まれ、まるで英雄の胴体が明日香の太ももの中に埋もれてしまったように見えた。

「どうですか、師匠」

 ニコニコ。

 力強い万力を繰り出しているのに、明日香はあくまでも余裕だった。

「師匠も、明日香の締め付けには耐えられないですか?」

「く、くううううッ!」

「苦しそうですね~。まあ、ほかの男の人たちも、明日香の締め付けに耐えられた人なんていませんから、気にしないでください」

 ぎゅうううううッ!

「ぎいいいいッ!」

 息も吸えない。

 明日香の太ももが英雄の胴体を潰している。

 英雄の意識は彼女の太もも一色になり、本当に防御するべきものを忘れてしまった。

「がら空きっ♪」

 がしっ。

 明日香の長い足が豪快に開かれる。

 一瞬。

 俊敏な野生動物を思わせる動きで、彼女の長く逞しい脚が獲物を喰らった。

「ああああああッ!」

 絶望の声。

 英雄の首にまきついた明日香の太もも。

 左足のふくらはぎが英雄の後頭部にまきつき、綺麗な4の字となる。その鍛え上げられた脚の間で締め付けられているのは英雄の頭部だった。

「三角締め、極まっちゃいましたね」

 嬉しそうな明日香。

 それとは対照的に顔を真っ赤にしていく英雄。

(ぐ、ぐるじいいいい)

 その圧倒的な太もも。

 自分の頬に食い込んだその脚はムチムチとしながらも、その奥には化け物が潜んでいた。男よりも筋肉量が豊富であることが分かる太もも。後頭部にまわされたふくらはぎの感触からも、逃げ場一つないことが英雄にも分かった。

 さきほどから息が吸えない。

 圧迫感で目の前が暗くなっていく。

 けれども地獄はこれからだった。

「師匠、まだ組んだだけですよ?」

 明日香の笑顔。

 明日香の股の間に閉じ込められた男は、そんな無邪気な笑顔を上目遣いでもって、絶望のまなざしで見上げるしかなかった。

「まだ力もこめてません。脚を組んだだけでそんなに苦しそうでは、先が思いやられますね」

「か、ひゅうう、ひゃああ」

「あらら、もう言葉も喋れませんか。まあ、それも仕方ないです。明日香の三角はすごく深く相手を締めるので、力をこめてないこの状態でも師匠の声帯をごりごり押し潰しちゃいますからね」

 ニコニコ。

 明日香が師匠である英雄を太ももで挟み、三角締めを極めながら笑っている。自分の股の間で悶え苦しみ、顔を真っ赤にしていく英雄のことを、明日香は仰向けに寝ころびながら嬉しそうに見つめていた。

「師匠、信じられないですか?」

 勝ち誇るように。

 妹弟子が師匠を追いつめる。

「自分のほうが強いって、そう思ってたんですよね」

「く、くうううう」

「それなのに、手も足も出ずに投げ飛ばされて、得意の柔術でも抵抗一つできずに三角締めを決められてしまいました。年下の、自分の教え子に、師匠はこてんぱんに負けたんですよ」

 明日香が英雄の頭を撫で始めた。

 太ももの間からひょっこり生えているかのような男の頭を慈愛をこめて撫でている。強者が弱者に施す慈悲。それはあまりにも象徴的だった。

「これで分かりましたよね。師匠は明日香よりも弱いんです」

 にっこり。

 成長した明日香が事実を突きつける。

「明日香はだいぶ前に気づいてましたよ? 明日香、師匠の柔道の試合を見に行った時があったんですが、その時、ああもう明日香のほうが師匠よりも強いんだなって気づいちゃったんです。師匠ったら、ザコみたいな試合してましたもんね」

 くすくす。

 無邪気な少女が男のプライドを粉々にする。

「それなのに、道場に戻ってきた師匠はまだ明日香よりも強いって思いこんでいて、笑いそうになっちゃいましたよ。師匠は師匠なので、その顔をたてて大人しくしていてあげようと思ってましたけど・・・・・・まさか、師匠から勝負を挑んでくるとは思いませんでした」

 ふふっ。

 身の程知らずの弱者をはるか高見から見下ろす少女。

「この勝負は師匠が申し込んだことなんですからね。もう、明日香は自分をおさえられませんよ?」

「カヒューーカヒュウーーー」

「あはっ、もう限界っぽいですね。このまま力こめずに、脚を組み続けているだけで締め落とすこともできますけど・・・・・・」

 にっこり。

 英雄の頭を撫でながら明日香が死刑宣告をした。

「師匠のことは気持ちよく墜としてあげます」

 ギュウウウウウウウウウッ!

 ボゴオッ!

 明日香の太ももが膨張した。

 筋肉の鎧が皮下脂肪の下から浮かび上がり、英雄の首を的確に締め付けていく。

(あ、あああああッ!)

 もはや英雄は声にならなかった。

 存在感を増した明日香の太ももの中で、英雄は自分の命が刈り取られていくのが分かった。

 視界がまっしろになる。

 息が吸えないというより頭部が消えている。

 女性の脚に押しつぶされ存在ごと消されている感覚。それなのに不思議と苦しみを感じることはまったくなかった。

(き、きもちいいい)

 視界が真っ白になる。

 なぜか頭がすううっとさえ渡り、なにもかもが吸収されていくのがわかった。見えない。なにも・・・・・・ただただきもちがいい・・・・・・全身が・・・・・・浮遊して・・・・・・そのまま・・・・・・天国に・・・・・・・墜ち・・・・・・・。

「はい、墜ちました」

 明日香の声。

 弾むような笑顔。

 その言葉どおり英雄は明日香の太ももの間で昇天していた。顔を真っ赤にしながら、ぴくぴくと痙攣し、だらんと体中の力を弛緩させてしまった姿。

 白目をむき、口からはダランと舌を飛び出させて、無防備に気絶している。

 それは二人の関係性を変える一つのターニングポイントだった。

 年上の男が。

 指導者だった男が。

 師匠と呼ばれた男が。

 無邪気な少女によって締め落とされた瞬間だった。



 *



 英雄が目覚めた。

 気持ち悪さが全身を支配しているのを英雄は感じた。

 体中が痛い。

 なにがなんだか分からない。

 きょろきょろと周囲を見渡す。

 さきほどから、男たちの悲鳴が鳴り響いているのに遅れて気づいた。

「あ、起きましたね師匠」

 その声に英雄はビクンと体を震わせた。

 全身が彼女の存在に恐怖している。

 明日香。

 彼女は今、二人の男を首をそれぞれ片手でわし掴みにして持ち上げて吊していた。その足下には仰向けに倒れた男がいて、明日香の大きな足裏が情け容赦なく男の顔面を踏み潰していた。

「だいぶ深く墜ちてましたね、師匠」

 ニコニコした笑顔。

 それとは対照的な凄惨な拷問の様子。

 男たちは全裸だった。

 生まれたままの格好で、道着姿の明日香によって責め苦しめられている。よく見ると、その周りには気絶した全裸の男たちが積みあがっていた。立っているのは明日香だけだ。

「な、なにをして」

「ああ、これは最後の仕上げです。師匠が来る前はこうやって練習の最後に全員を締め落としてあげていたんですよ」

「な、なんのために」

「自分たちが弱い存在だって分からせてあげるんです。そうすれば、練習をさぼることだってないですからね」

 その言葉の間も明日香は男二人を吊していた。

 男たちの脚は地面についておらず、ブラブラと揺れるだけ。その顔は真っ赤を通り越して鬱血しており、涙と涎でぐじょぐじょに汚れ果てていた。しかもそれだけではない。

「見てください、師匠。練習後のお掃除もこいつらの仕事なんです」

 踏みつぶす。

 明日香が仰向けになった男の顔面を踏みつぶしている。

「ほら、もっと舐めなさい」

 高圧的な明日香の言葉。

 彼女の大きな足裏によって潰されている男は即座に反応した。

 ぺちゃべちゃという唾液音。

 男は舐めていた。

 明日香の足裏を。

 自分の顔面を踏み潰している大きな足裏に媚びを売るように、ぺろぺろと舐め続けている。その顔からはぽろぽろと涙が流れていた。

「練習の後は足裏が汚れちゃいますからね、こうして掃除させてるんです」

 ニコニコ。

 悪ぶることも罪悪感を覚えた様子もない少女が笑う。

「こうすると綺麗になっていいんですよ。でも、こいつは下手くそですね」

 もういいです。

 言葉と同時に明日香が脚を振り上げた。

 仰向けに倒れた男の視界には明日香の大きな足裏一色となったことだろう。「ひ」と声をもらそうとしたのもつかの間、ドッスウンンッと男の顔面に足裏が襲いかかり、そのまま意識を刈り取ってしまった。

「よわ~い」

 笑った少女。

 彼女は吊した男二人も手早く締め落としてしまった。道場には明日香と英雄だけが残された。

「さてと、仕上げといきましょう」

「ひ、ひいいい」

「逃げようとしても無駄ですよ、師匠」

 明日香が英雄のことを軽く蹴る。

 それだけで地面に転がった英雄の顔面めがけて、明日香の生足が炸裂した。

 ドッスウウンッ!

「むううううううッ!」

 顔全体を覆い隠されてしまった。

 足一本で地面に縫いつけにされてしまう。それはまるで、針一本で標本に縫いつけられてしまった虫のようだった。

「師匠にも、分からせてあげないとダメですよね」

 笑う。

 高身長の高見から、明日香が地面で這いづりまわっている虫けらを見下ろしている。

「舐めてください、師匠」

 ニコニコ。

 強者が弱者を追いつめる。

「明日香の足舐めて、認めてください。師匠は明日香より弱いんだって」

 ぎゅうううううッ!

 全体重がかけられる。

 足一本で殺されかけている。

 英雄は自分の顔を潰す明日香の足を両手で掴み、なんとかそこから脱出を図ろうとするのだが、どうにもならなかった。全身をバタつかせても、ビクともしない。自分は彼女の足一本にも勝つことができない存在なのだ。それを嫌というほど思い知らされる。

「ほら、舐めてください。そうじゃないと、このまま潰しちゃいますよ?」

 さらに力がこめられる。

 明日香の太ももにボゴンッと筋肉の筋が浮かび上がった。それを見て英雄は恐怖した。

(こ、殺される)

 目の前の少女に。

 教え子だった女の子に。

 このままだと殺されてしまう。

 それが実感として分かった。

 彼女が本気を出せば、自分なんてあっという間に殺されてしまうだろう。それが分かる。分かるが、英雄にはどうしてもできなかった。

(できない。舐めるなんて、そんな、できない)

 ベギバギという音。

 頭蓋骨が軋む音。

 それを聞いても英雄は舐めなかった。

 次第に白目をむき、ピクピクと体が痙攣し始める。

「もう、師匠は強情ですね」

 明日香の困った声。

 彼女はしかし、「まあいいです」という言葉のあと。

「時間はたっぷりあるので、時間をかけて分からせてあげます」

 足を振り上げる。

 その大きな足裏。

 自分みたいな矮小な存在を踏み潰してしまう凶悪な存在。

 英雄は意識をもうろうとさせながら、自分よりも圧倒的に強い足が自分に襲いかかってくるのを目撃し、意識を手放した。どこからか、少女の声がした。

「楽しみですね、師匠」


つづく