暗闇だった。
とても暗いところで身動きができなくなっている。
自分の体の自由はまったくなかった。
指一本動かせない。
怖くて怖くて心臓が強烈なダンスをして破れそうだった。また夢を見ているのだろうか。そんなことを思った。
体中から力が抜けてしまっている。思考も支離滅裂でよく分からない。暗闇だ。怖い。暗闇。
うううッと呻き声をあげる。
そこで声がした。
「大丈夫だよ、弘樹くん。大丈夫」
柔らかい手の平の感触が自分の頬と頭を撫でるのを感じた。女の人の手はとても怖いもののはずだった。自分のことを殺してしまう長い指。それがひとたび動くたびに寿命が縮んでしまう悪魔の指先。
しかし、今自分を撫でていく手のひらの感触はどこまでも気持ちよかった。
また夢を見ているのだろうか。
起きたらまたあの地獄が待っているのか。あの地獄ってなんだ? とにかく、僕は千鶴ちゃんに会いたい。
「千鶴ちゃん・・・・千鶴ちゃん・・・・・」
「うん。大丈夫だよ。ここにいるよ」
その声がして光が見えた。
暗闇は自分のまぶたの裏が見せているものに過ぎないということがようやく分かった。もうあの娘たちの姿を見たくない。彼女たちが見えるということは地獄が続くということを意味する。また、あの長い舌と長い指と、大きなおっぱいで虐め殺されてしまう。
「大丈夫だよ、弘樹くん」
声がした。
意識が朦朧とする中でその声がどこまでも心地よく感じられた。
まぶたがゆっくりと開いていく。
頭上。
そこにはこちらを優しく見下ろす千鶴ちゃんがいた。
*
「千鶴ちゃん?」
町田が惚けたように声をあげた。
その姿が最初よく分からなかった。なぜ彼女がここにいるのか。混乱し、自分が横たわっていることに気づき、頭の下には千鶴の柔らかい太ももの感触があり、膝マクラをされていることに遅れて気づいた。
町田はまじまじと千鶴を見つめてしまう。
どことなく髪が伸びた気がする、肩口までおろされた髪の毛がとても魅力的だった。彼女がどこか大人びたように感じられるのは、彼女と会うのが久しぶりだからだろうか。
彩華と優子に調教されてもなお、恋いこがれた存在を前にして、町田は落ち着きをなくし、なにも考えられなくなってしまった。
「よかった。目、覚めたんだね」
千鶴が優しく言った。
その間にも、彼女の指が町田の頭を優しく撫でていく。その感触に町田は「ふああ」ととろけた声をあげた。
「よくがんばったね、弘樹くん」
「千鶴ちゃん、千鶴ちゃん」
「はい、わたしはここにいるよ」
そう言って、彼女は町田のことを軽々と抱き起こした。そして、安心させるように、町田の頭を自分の乳房にあてがって優しく抱擁した。
まるで母親が赤ん坊に乳を与えるような格好だ。町田はその大きな胸を赤ん坊のように堪能してしまった。
「よくがんばったね、弘樹くん」
千鶴が同じ言葉を繰り返した。
「だいたい想像つくよ。彩ちゃんと優ちゃんに調教されてたんでしょ。あの二人は容赦ないからね。今までも何人か、廃人にしてたの見たことあるし」
「ううう」
「でも、まさか、わたしの物にちょっかいだしてくるとは思ってなくて油断しちゃったよ。ごめんね、弘樹くん」
撫でられる。
優しく、慈愛に満ちた手の平の感触が町田にとってどこまでも心地よく感じられた。
ごろごろと喉をならしそうな町田に対して、千鶴が続けた。
「でも、よく我慢できたね。あの二人に負けることなくここまで保つなんてすごいよ。なんで弘樹くんはそんなにがんばれたの?」
千鶴からの質問。
それに対して明確に理路整然と答える能力はもはや残されていなかった。町田は朦朧とした意識の中で、自分の偽りなき言葉を吐いた。
「千鶴ちゃん、好きッ!」
「え?」
「千鶴ちゃん、大好き」
赤ん坊がただをこねるかのように、町田がただ正直に千鶴に対する好意を口にした。
その言葉に千鶴は顔を赤くし、「ふーん」とこれみよがしの声をもらした。「そうなんだ」「へー」という言葉が次々と彼女の口から漏れ出す。その間も赤ん坊になった町田は好き好きと連呼している。
「まあ、付き合ってあげてもいいけどさ」
千鶴が顔を赤くして言った。
「でも条件があるの」
「じょ、条件?」
「そう。わたし、弱い男とは付き合いたくないの。わたしに勝てとまでは言わないから、少しは対等になってもらえないと、付き合えない」
「そ、そんな」
「だから、まずは奴隷から始めようか♪」
唐突に千鶴が言った。
さきほどまでの慌てぶりが嘘のようになくなる。
トロンとした瞳を浮かべ、妖艶に微笑んだ千鶴。
扇情的で嗜虐的で、その美貌と能力で男を屈服させる女傑が目の前にいた。
その姿を見て、町田はビクンと震えた。
「弘樹くんのこと、徹底的に調教してあげる。彩ちゃんと優ちゃんの調教がお遊びに感じるほどに徹底的に。それで鍛えて、少しでも弘樹くんを強くする」
「あ、あああッ」
「ちょっとマシになったら次は奴隷兼恋人にしてあげる。さらに調教してマシになったら次は恋人兼奴隷。で、最後に恋人。どうかな?」
千鶴が町田をじっと見下ろした。
その視線に対して、町田は恐怖ではない気持ちが自分の体の底からわきあがってくるのを感じた。
支配される喜び。
千鶴に支配される喜びだ。
それは自分自身が砕けて彼女と一体化するようなまでの陶酔感を伴っていた。
(でも、なんでだろう)
町田は歓喜と共に疑問に思っていた。
支配されるというだけであれば、それは彩華や優子からの支配と同じはずだ。それなのに、あの時にはここまでの陶酔感がわいてくることはなかった。千鶴に対して自ら屈服したいと思えるほどの気持ちはわいてこなかった。
なぜなのだろう。
そう考えていた町田は理解した。
ああ、やっぱり僕は千鶴ちゃんのことが好きなんだ。
そう実感すると共に、この陶酔感だけに自分を投げうっていてはいけないことも身にしみて分かった。
それでは千鶴ちゃんの利益にならない。僕は努力して、結果的にはムリだとしても、彼女にふさわしい人間にならないといけない。
そうしないと、奴隷のままだ。
奴隷のままだと、おそらく彼女はいつか僕のことを捨てるだろう。
代替可能なものとして、ほかの男を奴隷にしてしまうだろう。
それは嫌だった。彼女を独占したいという気持ちが自分にはあった。それは奴隷とは異なる気持ちだ。その気持ちがあるのであれば、この陶酔感に身を任せるのはダメだ。今は仕方ないにしても、奴隷ではない形で彼女のそばにいたい。千鶴ちゃんに奴隷ではない形で奉仕したい。
そんな気持ちが、町田の中で明確に言葉にされることはなかったものの、実感として理解されていった。
「ねえ、どうなの?」
再び千鶴が聞いた。
町田はコクンと、震える体で頷いた。
千鶴が目を見開き、嬉しそうに破顔して、町田のことを蹴り飛ばした。
「う、グッ」
蹴られて地面に倒れ込んだ町田。痛みと喜びが全身を支配する中で、彼は頭上を見上げた。
そこには手を腰にやって仁王立ちになり、こちらを見下ろしてくる千鶴がいた。
「ねえ、ちゃんと口で言おうか」
千鶴がトロンとした瞳で町田を支配しながら続けた。
「どうなりたいのか、ちゃんと口で言え」
命令。
初めての命令。
それに町田はまず行動で答えた。
千鶴の足下で深々と土下座をする。彼女の足に口づけできるほどの至近距離で土下座をし、そして、
「僕を千鶴様の奴隷にしてください。いつか千鶴様の恋人になれるように、がんばります。どうか、よろしくお願いします」
そう言った町田は満ち足りた気持ちが体の底からわきあがってくるのを感じた。
自分はこのために生まれてきたのだとさえ思った。
人生の意味というか目的というか、そのようなものが明確に目の前に現れた気がした。
目の前の少女を崇拝しきった目で、町田は千鶴のことを見上げた。
「よくできました」
見上げた先には千鶴がこちらを笑顔で見下ろしていた。
彼女はそのまま、ご褒美だと言わんばかりに足を振り上げると、そのまま土下座している町田の頭の上に置いた。
そして、ゆっくりと撫で始める。
足で人の頭を撫でる。ぐりぐりと力強く、それでいて慈愛に満ちた感覚に、町田はそれだけで陶酔してしまった。
「それじゃあ、さっそく調教するね」
千鶴が言った。
トロンとした瞳で、眼下の町田を見下ろしながら。
「まず、彩ちゃんと優ちゃんにされたことを上書きします。そうだな、まずは優ちゃんのを上書きしようかな」
そう言って、彼女は町田の腕をとって強引に立ち上がらせた。
そのまま怯える町田の顔を「ふふっ」と笑いながら見下ろし、唐突にその唇を奪った。
ぶっちゅうううう!!
じゅるじゅるじゅぱッッ!!
ディープキス。
千鶴の舌が町田の口の中に侵入し、暴虐の限りを尽くしていく。その動きは今までと異なるほどすさまじく、そして気持ちよかった。
(な、なにこれ、今までとぜんぜん違う!)
千鶴の舌の動きに驚愕の表情を浮かべた町田は、すぐさま体中が溶けてしまい、ビクビクと体を震わせ始めた。
自分では立っていることもできなくなり、膝がガクガク生まれたての子鹿のように震えてしまう。
千鶴がそんな男のことを片手でギュウっと抱きしめて拘束し、倒れ込むのを許さず、ひたすら舌で町田を侵略していった。
町田の瞳はあまりの快感に閉じられて千鶴のディープキスを甘受するばかりだった。
そんな男のことを千鶴はジーっと冷たい視線で観察している。どこをどのように刺激すれば目の前の男は悶えるのかを冷徹に観察し、反応があった部分を念入りに責め、町田の体を震わせる。
限界はすぐに訪れた。
「むっふうううう!!」
どっびゅうううう!!
ビュッビュウウ!!
下半身への刺激なしでの射精。
千鶴の唇で口をふさがれているので、町田の悲鳴はくぐもって響いた。
冗談のような量の白い液体が放出され射精しているのだが、その間も千鶴の舌の動きは止まらない。それどころかさらに増して、男を蹂躙しにかかっている。
射精も止まらず、まるで自分の下半身の主導権が千鶴に移ってしまい、自分ではコントロールできなくなってしまった感覚に陥る。
下半身からは完全に力が抜け、普通だったら倒れ込んでしまうのだが、千鶴に体を抱きしめられ、解放されることはない。
町田にできることは、上から振り下ろすようなディープキスに悶絶し、下半身から白い液体を放出することだけだった。
ようやく解放されたのは、全ての精子を吐き出した後だった。
「ぷっはああ!」
千鶴の唇が離れる。
呼吸困難に陥りそうなほどの苛烈なキスが唐突に止む。そのキスの過激さは、千鶴と町田の口と口に涎の橋がねっとりと繋がっていることからも伝わってくるものだった。
あまりの快感に体中の力が抜け、放心状態となってしまった町田。
千鶴は、そんな情けない男のことを抱きしめて拘束し、至近距離からトロケきった顔をまじまじと観察している。
「ふふっ、どうだった?」
千鶴が聞いた。
町田は頭まで麻痺してしまって、あまりの多幸感で頭がバカになっていた。
「しゅ、しゅごすぎるうう。なんで、今までとぜんぜん違ううう」
「そりゃあ、今までは手加減してきたからね」
「て、てがげん?」
「そうだよ。だって、弘樹くんキス弱すぎだもんね。弘樹くんが壊れないように手加減してあげてたの。さっきのだって、あんまりやりすぎないようには配慮したんだよ。弘樹くんが廃人にならないようにね」
信じられなかった。
これまでのキスだって、さっきのキスだって、自分は何もすることもできずにされるがままだったというのに、千鶴にとっては手加減していたというのだ。
圧倒的な力の差。
それを感じ取った町田は千鶴に対する一抹の恐怖と崇拝の念を強くさせたのだった。
「今日はこれで終わりだけど、次はこっちも虐めてあげる」
そう言って、千鶴の長い指が町田の矮小な胸板を這い回り、乳首をかりかりとひっかいた。
あまりの快感に、ビクンと町田の体が震えた。
そんな町田の乳首を、片手間にくりくりといじりながら、千鶴が口を開いた。
「だぶん、乳首虐めるのも私のほうが優ちゃんよりうまいと思うよ。雌イキなんて簡単だし、何度も何度も頭イかせて、気絶させちゃうなんて、朝飯前だからね」
「あ、あああ・・・・・千鶴様・・・・・・」
「ふふっ、これくらいの刺激で悶絶してるようじゃ、先が思いやられるよ。頭おかしくならないように、ちゃんと気を確かにもってね」
まあ、今日はこれでおしまい。
そう言って千鶴は町田の乳首を放してやった。
ハアハアと早くも息も絶え絶えとなってしまった町田は、うつろな眼差しで千鶴を見上げることしかできなかった。
「それじゃあ、次は彩ちゃんだね」
千鶴が残酷に続けた。
「彩ちゃんにされたことを上書きしよう。ふふっ、弘樹くんのこと虐めるの久しぶりだね。ちゃんと自分を抑えて手加減できるか、心配だよ」
絶望で顔が真っ青になる。
すがるように千鶴を仰ぎ見た町田の視界に入ってきたのは、トロンとした瞳を浮かべ、男を痛めつけることに快感を覚える加虐趣味全開の千鶴の笑顔だった。
「さっそく始めるね♪」
つづく