次の月曜日からあらたな日課が加わった。

 給食の時間。

 僕は玖留美ちゃんに呼び出されて、彼女と向かい合って給食を食べることになったのだった。


「なになに、どういうこと」

「こいつと一緒にって、なんでよ」

「玖留美ちゃん、なに考えてるの?」


 周囲の女子たちが姦しく言った。

 玖留美ちゃんはいつもの女子メンバーと机をあわせてご飯を食べているのだった。そんな中に、僕が異物として乱入する形になっている。


「いいじゃない。小太郎一人くらい増えても問題ないでしょ」


 玖留美ちゃんは女子たちの抗議の声もなんのそのといった感じで、僕の机を女子連合軍の机に合体させて、給食を食べ始めてしまった。

 彼女の食べっぷりは豪快の一言だった。大きな口をあけて獲物にかぶりつき、一口で丸飲みするように口の中におさめ、むしゃむしゃと咀嚼する。

 またたく間になくなっていく玖留美ちゃんの給食。

 真剣な表情でひたすらご飯を食べていく彼女の姿は、男子を虐めている時と同じように嗜虐性に満ちているように見えた。


「小太郎、早く食べなさい」


 玖留美ちゃんを凝視していた僕を叱責するかのように玖留美ちゃんが言った。

 僕は急いで自分の食事にとりかかるのだが、目の前で豪快に食事をしている玖留美ちゃんを前にすると箸が進まなかった。

 玖留美ちゃんは次々とご飯を咀嚼して飲み込んでしまう。それに比べて、自分は少量の食物を口に運ぶだけでやっとだ。

 いつも、給食は残していた。それしか食べれなかったのだ。それは今も同じだった。ご飯を食べるという能力において、僕と玖留美ちゃんとの間には歴然とした差があった。生物としての格差。僕はまたしてもいつの間にか、玖留美ちゃんの食事を凝視していた。


「ほら、たんぱく質とりなさい」


 信じられないことが起きた。

 玖留美ちゃんが自分の給食からその日のメニューの目玉であるショウガ焼きをつかみ、そのまま僕のトレイに乗せてきたのだ。


「え、ええええッ」

「く、玖留美ちゃん、どうしたの?」


 女子たちが驚いた声をあげた。

 彼女たちは玖留美ちゃんの行動が信じられない様子だった。それは僕も一緒だった。


「あの玖留美ちゃんが?」

「ご飯を食べることが大好きな玖留美ちゃんが?」

「食事が好きすぎて男子虐めてるときも食べちゃうとか丸飲みにしてあげるとかサブいこと言っちゃってる玖留美ちゃんが?」

「ま、まさか、自分のご飯をほかの人にあげちゃうなんて」


 信じられないといった様子で女子たちが姦しく言う。そんな彼女たちに、さすがの玖留美ちゃんもカチンときたらしく。


「あんたたち、いい加減にしなさいよね」


 玖留美ちゃんがクラスの女子たちをにらみつけた。

 男子だったらそれだけで土下座をするであろう玖留美ちゃんの視線だったが、女子たちは「にゃはは、ごめんごめん」とおちゃらけて笑っている。そんな彼女たちを見て、玖留美ちゃんが「ふう」とため息をついた。


「わたしの分は家からもってきてるのよ。ほら、お弁当」


 そう言って玖留美ちゃんがカバンから弁当を取り出した。

 冗談みたいな大きさの箱が机の上におかれる。給食があるのに弁当をもってくるなんて玖留美ちゃんは自由すぎた。しかし、この教室で彼女に注意する人間なんて教師を含めて誰もいないのだ。


「ほら、小太郎、はやく食べなさい」

「う、うん」

「ぜんぶ食べないと承知しないわよ。残したらひどいことするからね」

「わ、わかったよ」


 僕は玖留美ちゃんの視線にさらされながら給食を食べていった。

 目の前では玖留美ちゃんがまたしても真剣な表情で弁当を平らげていく。その顔には嗜虐的な笑みすらあって、僕の心臓がドキンとした。

 食べられていく。

 かつて生きていたものたちが玖留美ちゃんの口で噛み砕かれて食べられていってしまう。それを間近で見せつけられていると、どうしても心臓が脈打った。


「ほら、手を動かしなさい」

「う、うん」


 また怒られて僕はなんとか給食を食べていく。

 それでもちらちらと玖留美ちゃんの食事の光景を見ずにはいられない。僕は悶々とした気持ちをかかえながら、必死に給食を食べていった。


 *


 そんなふうにして玖留美ちゃんと一緒に給食を食べるようになっても、彼女のサディストとしての一面がなくなることはなかった。

 それどころか、それまでよりもさらに強い嗜虐性をもって、玖留美ちゃんは男たちを虐め、それを僕に見せつけ始めたのだった。


「お魚さんになっちゃったね、先生たち」


 玖留美ちゃんが笑って言った。

 彼女は仁王立ちで立ちながら教師二人の首を締めて持ち上げてしまっていた。右手で担任教師の首をつかみ、左手で5年生の時の元担任教師の首をつかんでいる。

 片手だけといっても玖留美ちゃんの手は大きくて、小さな成人男性たちの首をぎっちりとわし掴みにしてしまっていた。しかも彼女はそのまま教師たちを持ち上げて、宙づりにしてしまっているのだ。

 高い身長。

 圧倒的な体格差でもって教師たちの首を締めて宙づりにする玖留美ちゃん。

 教師たちの足は地面についていなかった。

 宙づりにされた教師たちの足が、地面を求めてバタバタと暴れている。それはまるで、釣り上げられた魚が川や海を求めてビチビチと暴れているみたいに見えた。


「足バタバタさせて、釣り上げられた魚みたいね? もっともっと、お魚さんにしてあげる」


 ぎゅううううッ!

 さらに玖留美ちゃんの手に力がこもった。

 教師たちはたまらずに悲鳴をあげた。


「くっっぎゅうっぎいいッ!」

「っひっぎいいいいッ!」


 悲鳴は声にすらならなかった。

 玖留美ちゃんの手が声帯という声帯を潰してしまっているので、言葉一つ話すこともできないのだ。

 教師たちは顔を真っ赤にして、瞳を出目金みたいに飛び出させて、バタバタと足を暴れさせながら魚になるしかなかった。

 酸素を求めて暴れ回る魚たち。そんな抵抗にビクともしていない玖留美ちゃんは、ニンマリとした笑顔でもって男たちを見つめていた。

 魚にした男たちを鑑賞している。

 水族館で泳ぐ魚でも眺めるみたいな余裕で、彼女は首をしめて魚にした男たちを見つめていた。


(す、すごすぎる)


 教師たちは玖留美ちゃんよりも一回り以上も年上だった。玖留美ちゃんはまだ義務教育すら終えていない少女なのだ。

 それなのに、体格でも力でも、男子教師たちを圧倒してしまっている。

 これが玖留美ちゃんに目をつけられてしまった男たちの末路だった。

 年上だろうが大人だろうが関係なく、玖留美ちゃんは目をつけた男を等しく圧倒し、食べてしまうのだった。


「ほら、見なさいよ小太郎。こいつら、お魚さんだけじゃなくて、カニさんにもなっちゃった」


 そう言って玖留美ちゃんが僕に宙づりにした男たちを見せつけてきた。

 男たちはすでに意識を手放しつつあった。白目をむいて、口からぶくぶくと泡を吹いている。僕の心臓はどきどきと脈打っていた。


「まあでも、カニよりも魚のほうがいいわね私は。バタバタ暴れて陸に上がった魚にするほうが好みかな」


 笑いながらぎゅっと力をこめる。

 しかし、男性教師二人はすでに限界を迎えていたらしく、もはやバタバタと足を暴れさせることもできないで、ぴくぴくと痙攣するだけだった。

 弱ってしまった魚がときおり弱々しく飛び跳ねるみたいになってしまった教師たちを見て、玖留美ちゃんがため息をついた。


「墜ちろ」


 ぎゅううううッ!

 無慈悲に力をこめる。

 男たちはすぐに意識を刈り取られた。

 玖留美ちゃんの腕の中で脱力した教師たち。腕がダランと垂れ、暴れ回っていた足も力をなくす。玖留美ちゃんに宙づりにされた教師たちの体は、そのままぶらぶらと揺れるだけだった。「クッボオオオっっ」という盛大なイビキが玖留美ちゃんの手の中から聞こえてくる。


「あははっ、情けないわねー。教え子に首絞められて気絶させられちゃった」


 玖留美ちゃんが笑った。


「小太郎、見てみてよ。傑作なんだけど」


 玖留美ちゃんの手が教師たちの首をはなす。

 そのまま彼女は男子教師たちの髪の毛を掴んで、同じように宙づりにした。まだ教師たちは解放されないのだ。気絶させられ、白目をむいたまま、玖留美ちゃんに持ち上げられて宙づりにされてしまっている。その瞳は白目で、まるで死んで濁った魚の目のようだった。


「ね? お魚さんたち、死んじゃった」


 笑っていた。

 玖留美ちゃんが笑いながら僕にむかって教師二人を見せつけていた。


「あとは捌かれて食べられちゃうんだよ。年下の教え子に手も足も出ずにお魚にされて、締められちゃって、食べられちゃうの。なさけないよねー」


 ニンマリと笑う玖留美ちゃん。

 しかし、僕の意識のすべては教師たちの首に集中していた。彼らの首まわりにはドス黒いアザができていた。それは玖留美ちゃんの手の形だった。長時間締め続けられてできたアザだ。

 それは前に僕の首につけられたアザよりも小さなものだったが、直りかけの今の僕の首よりは濃いアザだった。

 なんだか哀しかった。自分の存在が不安定になるのを感じた。泣きそうになっている僕に気づいたのだろう。玖留美ちゃんが言った。


「ちょっと小太郎、あんたどうしたの?」

「ど、どうもしないよ。大丈夫」

「でも、なんか顔色悪いわよ? 体調でも悪いの」

「ち、違うよ。なんだかその、よく分からないんだけど、哀しくなっちゃって」


 ふーんと呟く玖留美ちゃんだった。

 彼女は宙づりにしていた教師を投げ捨てると、僕の背中をさすり始めた。


「とりあえず、保健室行こうか」

「いや、だ、大丈夫だよ」

「いいから、ほら、行くわよ」


 そう言うと彼女は僕のことをおぶってしまった。

 そのまま歩き出してしまう。僕がどんなに大丈夫だと言っても玖留美ちゃんは聞かなかった。

 彼女の大きな体を感じながらも、僕の意識は僕の尻をつかんでいる彼女の大きな手に集中していた。

 その手で男子教師二人を魚にしてしまったのだ。そして、あの首のアザをつくった。それを思うと不安がさらに増すようだった。僕は無意識のうちに、すがりつくようにして、玖留美ちゃんの背中に抱きついてしまった。



つづく