「春信お兄ちゃん」


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1 あなたは高等部3年B組の生徒である。

2 あなたは3年B組のほかの男子生徒と共に、金曜日の夜、島の南にある洞窟で敵と戦わなければならない。

3 敵に勝利すれば同級生である龍山玲奈を助けることができる。

4 このことは3年B組の男子生徒以外には秘密にしなければならない。龍山玲奈にも秘密にしなければならない。

5 戦いに負けるとあなたは死ぬ。

6 あなたは逃げることはできない。


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 この島には何もない。

 特に目立った産業なんてないし、観光で食うにしたってアピールできるような資源すらなかった。周囲は砂浜ではなく断崖絶壁の岩だらけ。そんな岩を無理矢理こじあけて、なんとかお粗末な港が一つ設けられているだけだった。

 そうはいっても今日も島の人間は日常を生きている。漁業と島の内需を満たす活動をしながら昨日と変わらない今日を生きているのだ。けれど、3年B組の俺たちにはそんな日常さえ許されていなかった。

 *

 教室。

 3年B組にはいつもの喧噪が立ちこめていた。

 俺たちのクラスの男女比はめちゃくちゃで、男が10人に対して女が1人しかいなかった。だから教室の中の喧噪は野太い声だけで構成されていた。隣に座った朝倉が暇そうに話しかけてくる。


「暇だな」

「ああ、暇だ」


 俺もそっけなく答える。

 朝倉と同じくぼおっと教室を見渡す。

 暇で暇で仕方がない。

 人数が足りないので部活もできないのだ。俺も朝倉もバスケ部に所属していたのだが、部員はこの二人だけで、ワンオンワン部のような様相を呈していた。もちろん、試合だってできない。


「まあでも、こういうのが一番なんだろうな」


 朝倉が遠くを見ながら言った。


「何がだよ」

「いや、平和っていうかさ。そういう日常だよ」

「あー」


 自然と視線が教室の中の一点に集中する。

 男だけの教室にあっての紅一点。

 龍山玲奈はいつものようにクラス中の男子と喋っては屈託なく笑っていた。女は彼女だけだったので、自然と話し相手も男だけになる。

 さばさばしていて、男友達といっても通用するような性格。体格も発達していて、俺たち男子の誰よりも身長が高かった。一度、バスケ部に遊びにきてお遊びで試合をしたことがあったけれど、豪快なダンクシュートには度肝を抜かれた。ボールを叩き込んでリングを片手でつかみながら、玲奈がそのままブラブラとリングにぶらさがっている光景を今でも覚えている。


「守らなくっちゃな」


 静かに朝倉が言った。


「金曜日、もうすぐだろ?」

「ああ、怖いか?」

「そりゃあな。でも、誰かがやらなくちゃいけないんだ」

 
 覚悟をきめている。

 それは俺も同じだった。そんなふうにぼおっと玲奈を眺めていると、彼女はそんな俺たちの視線に気づいたのか、ひまわりみたいな笑顔を浮かべてこちらに近づいてきた。


「なになに、どうしたの二人とも。私の顔に何かついてる?」


 さばさばと聞いてくる。

 どかんと豪快に近くの椅子に座ると、大股を開いてこちらにさらに詰め寄ってくる。その迫力に、俺と朝倉もいつまでたっても慣れなかった。


(あいかわらず、でっけえな)


 身長だけではない。

 体の厚みもすごかった。筋肉でむきむきというわけではなく、体は柔らかそうな肉で覆われている。その大きな胸が制服ごしからもわかり、さきほどこちらに歩いてきただけで揺れていた。今も夏の暑さに着崩したYシャツの襟元から、小麦色に焼けた谷間が現れていて目のやり場に困る。

 さらに強調されているのが玲奈の脚だ。

 今も目の前で、大股を開いて座っている彼女の下半身。小麦色の肌がどこまでも健康的に目に飛び込んでくる。短いスカートから伸びてくる太ももはむっちりとしていながらも野生動物みたいな躍動感に満ちていた。それは俺たちの胴体より太いんじゃないかと思うほどで、その内側に秘められた筋肉の力強さが見るだけで分かった。


「ちょっと、なによ春信、人の脚じろじろ見て」


 玲奈の体に圧倒されていた俺はいつの間にか彼女の太ももを凝視していたらしい。玲奈がムっとしたような表情になる。


「あっ、わたしの太もも、太いなーって思ってたんでしょ? 失礼しちゃうわねー」

「い、いや違うって。というか、おまえもう少し露出おさえろよ。目のやり場にいちいち困るんだっつーの」

「なによそれ。私とみんなの仲じゃない。子供の頃からずっと一緒で、お風呂だって一緒に入ってたでしょ?」


 そうは言っても慣れないものは慣れない。

 というか、こいつは自分の体がどれほど成長したのか分かっていないのだ。クラスの男子どころか島の大人たちよりも大きな体。むっちむちに育った大人よりも発達した体躯を前にすると、俺たちはいつまでたっても玲奈の体に慣れなかった。


「というか、風呂に一緒に入ったりなんてしてたか?」


 隣の朝倉がそう言う。

 その言葉を聞いたとたんに俺の頭がズキンと痛くなった。


「ひどーい。忘れちゃったの?」

「いや、あれ? 玲奈と俺たちってそんな子供の頃から一緒だったっけ?」

「そうだよ、も~。ひっどいなー、アサクラったら、私の裸見たの忘れちゃったんだー。クソ男だね」


 おどけたように言って、自分の体を隠しながらジト目で朝倉を見つめる玲奈だった。

 彼女の矛先がこちらに向けられる。


「ね、春信は覚えてるでしょ? 子供の頃のこと」

「んあ? あ、あ~」

「おぼえてるよね?」


 顔を寄せられた。

 玲奈の体に似合わない子供ぽい顔が目と鼻の先にあってドキドキしてしまう。頭がぼおっとして何も考えられなくなっていくのが分かる。


「あ、ああ。ほら、南の入り江でよく泳いだろうが。朝倉、覚えてないのか?」

「え、ああ。そうだったか」

「そうだよ。それで体洗うときに全員全裸で水をかけあったろうが。まあ、俺たちが小1とかの頃のことだけど」

「ああ~、確かに言われてみれば」

「そうだよ。南の洞窟の探検だって、玲奈が先頭になって、」


 そこまで言って俺は止まってしまった。

 南の洞窟。

 その単語だけで俺たちは緊張で固まってしまうのだ。それは朝倉も同じだった。

 急に黙り込んだ俺たちをキョトンとした顔で見つめていた玲奈だったが、すぐに次の男子にちょっかいを出しに行って談笑を始めた。

 危なかった。

 南の洞窟のことは玲奈にも秘密なのだ。

 俺たちは金曜日の夜、南の洞窟で敵と戦わなければならない。




つづく