1 あなたは絶対に逃げてはいけない。
2 あなたは絶対に逃げてはいけない。
3 あなたは絶対に逃げてはいけない。
4 あなたは絶対に逃げてはいけない。

 *

 またしても金曜日が来る。

 俺たち3人は洞窟にむかった。

 逃げたくて逃げたくて仕方なかった。

 しかし、逃げようとすればするほど恐怖心がさらに増した。けっきょく、俺たちはガクガク震えながら洞窟に向かうしかなかった。


「死にたくない」

「たすけて、たすけて」


 斉藤と朝倉がブツブツと呟いている。

 それは俺も同じだった。

 今日、この3人の中から誰かが殺されるのだ。

 それを思うと発狂しそうだった。

 選ばれるのが誰なのか。
 
 俺じゃないでいて欲しい。かといって、ほかの2人も選ばないで欲しい。そんな気持ちが俺の中でうずまいては消えていった。


「やっほー」


 元気に声をかけてきた敵。

 いつもの洞窟の中。

 そこにいつものように立っていた敵は、いつもの格好ではなかった。

 これまでのエナメル製の女王様然とした格好ではない。女王様の仮面もつけられていなかった。

 俺たちの学校の制服。

 それを着込んだどこにでもいる女子生徒のような格好で、敵は洞窟の中で待っていた。

 相変わらず玲奈と同じ顔をしている。

 身長も玲奈と同じくらいだ。

 あのおっぱいだって、あのムチムチの太ももだって、ぜんぶ玲奈と同じものだ。

 頭がずきずきした。

 目の前の敵が玲奈であるはずがないのに、俺の本能が彼女は玲奈であると誤信しつつある。俺は頭をぶんぶんとふるって、そのあり得ない発想にふたをした。そして、敵がゆっくりと今日の獲物を指さした。


 *


 選ばれたのは斉藤だった。

 泣きじゃくりながら敵の待つ広場に連行された男があっという間に殺されていく。

 密壷を舐めろ。

 10分以内にイかせられたら殺さない。

 そんな蜘蛛の糸を垂らされて、必死にご奉仕をした斉藤は、それでも殺される運命だった。

 大木のように仁王立ちになった敵の足下にひざまづき、その女性の象徴を必死に舐める。ぺろぺろと無様に、必死のご奉仕を続けた斉藤。

 しかし、敵の顔はニヤニヤと笑うだけだった。まったくの余裕の表情でどっしりと立ちながら、斉藤の責めを受け流し、10分が経過してしまった。


「じゃ、殺すね」


 はずむような笑顔。

 彼女は泣き叫ぶ斉藤の足首を片手でつかむと、そのまま自分の頭上高くでひゅんひゅんとまわしはじめた。ジャイアントスイングのようであるが、敵は片手で、しかも自分の頭上で男をぐるんぐるんまわしている。

 まるでカウボーイが縄をまわして遠心力で遠くのバッファローを射止めようとしているような格好。田舎の子供が無害な蛇をぐるんぐるんまわして遊んでいるような無邪気さがあった。

 敵は笑顔だ。

 制服姿。

 玲奈の顔。

 彼女は男の足首を片手でもってひたすらにまわし続けた。

 もはや斉藤の顔を識別することすらできない。それほど高速度でまわされている。遠心力のせいで斉藤の両手はバンザイをするかのようにダランとして、ヒュンヒュンと鳴っていた。


「死んだ」


 笑って言った。

 ようやく男の体をつかった遊びが終わると、彼女は斉藤の髪の毛を掴んだままこちらに展示してきた。

 目や鼻や耳や口から血がどばどばと流れている。

 もはや意識も命もないことは、その鬱血した顔をみるだけでわかった。

 遠心力で頭に血が集中して、さらには脳味噌をぐらんぐらんにさせられて死んでしまったのだ。


「仕上げっと」


 グシャッ!

 さらに死体で遊び始める。

 手始めに敵は斉藤の胴体を太ももで挟んであっという間に潰してしまった。鮮血と内蔵が周囲に飛び散る。さらに地面に捨てた死体を何度も踏みつぶしていった。「ミンチ~」というかわいらしい声と共に、死体の原型がなくなるまで、その踏みつぶしは続いた。


「ん、これくらいでいいか」


 敵が満足するころには、斉藤の存在はどこにもなくなっていた。

 敵の下半身がすごいことになっていた。

 血だらけで、今、ここで出産でもしたのかと思うほどだ。肉片がいたるところについている。

 俺と朝倉は、そんな非現実的な光景を前にして、逃げ出すことすらできなかった。


 *


「春信、アサクラ、こっち来なさい」


 びくんと震える。

 俺たちは命令どおりにするしかなかった。

 海水の上に生まれた橋をわたって彼女の間近まで歩く。

 ニヤニヤと笑ったままの敵。

 血塗れになって、学校の制服が汚れている。その見慣れた制服に付着した赤色が、これまでの現実感のない虐殺がすべて本当に起こったことなのだと、嫌でも教えてくれた。


「ふ~ん、これでも完全には暗示がとけなかったか」


 俺たち二人を見下ろしながら敵が言う。


「じゃ、こっちも仕上げといこうかな」


 敵が、俺たちの瞳をじっと見つめてきた。

 頭が。

 頭と視界がぼんやりとして。


 ●●●


1 あなたにかけられていた暗示を全て解除する。
2 敵は竜島玲奈である。
3 あなたと竜島玲奈は幼なじみではない。
4 あなたはぜったいに逃げてはならない。
5 あなたはぜったいに逃げてはならない。
6 あなたはぜったいに逃げてはならない。
7 あなたはぜったいに逃げてはならない。

 
 *


「あ、ああああああッ!」


 俺は叫んでいた。

 それは隣の朝倉も同じだ。

 目の前。

 そこでニヤニヤ笑いながらこちらを見下ろしている少女。彼女の正体が分かって、俺と朝倉は足下が崩れるように気持ちになった。


「れ、玲奈なのか?」


 俺はつぶやいた。

 それを聞いた敵は・・・・・・いや、玲奈はニヤニヤと笑っていた。心底楽しそうに、俺たちの狼狽を肴にして楽しんでいる。


「そうだよ、みんなの同級生っていうことになっていた、クラスただ一人の女の子、玲奈ちゃんで~す」


 ピースサイン。

 こちらを煽るようにして笑った彼女は、どこまでも楽しそうだった。


「種明かしをするとね」


 敵が、玲奈が、笑顔のままで。


「初等部4年の時、いきなり体がでっかくなっていったの。力だって強くなったんだ。それと同時に、変な能力が自分の中から生まれるのが分かった。自分が想像したどおりに現実を改変できる能力。お前らにかけてたのもその一つの暗示能力だよ」

「あ、暗示?」

「そう。こうやって目をじっと見つめて、相手を洗脳して操っちゃうの。そうすると、自分の過去の記憶とか、現在の思考感情もぜ~んぶ操ることができる。わたしのこと、今まで本当に幼なじみだって思ってたでしょ? 自分たちと同い年の女の子だって、そう思って接してきてたよね?」

「ああああああッ!」


 唐突に理解する。

 ああ、いったい。

 いったい目の前の少女は誰なんだ?


「おまえ、だ、誰なんだ?」


 ここ3ヶ月ほどの記憶はある。

 玲奈が幼なじみであると暗示をかけられて生活をしてきた時の記憶だ。しかし、それよりも前の記憶がぽっかりと抜けていた。まるでアルバムにつづった子供の頃の写真に、一人分のぽっかりとした穴が空いているような心持ち。それが気持ち悪くて、足下がぐらぐらとゆれていた。


「まだ分からない?」

「え?」

「春信だったら分かると思うけどな」


 思わせぶりな態度。

 頭がずきずきする。

 何かを思い出せそうで思い出せない。俺の態度にじれたのか目の前の少女がいった。


「これでも分からないかな、竜島春信お兄ちゃん」


 茶目っ気たっぷりの笑顔。

 その笑顔にはどこか。

 どこか見覚えがあった。


「お、おまえ」


 過去の記憶。

 葬式。

 そこで泣いていた少女。


「おまえ、あのレイナなのか?」


 記憶がよみがえる。

 正確には忘れていた記憶だ。というか、過去の記憶と現在の記憶がようやく繋がった。俺は、中等部の頃のことを思い出していた。



つづく