新婚生活が続く。

 巳雪さんと生活をしていて分かったことが何点かある。

 まず、彼女はとてつもなく頭がいい。記憶力が優れていて、過去のことをほぼ忘れずに覚えている。特に私のことになるとその記憶力はいかんなく発揮され、もはや巳雪さんは私よりも私に詳しい。冗談で、「私のことなんでも覚えてるんですか?」と聞いたこともある。そうすると、巳雪さんはさも当然のように答えるのだ。

「はい。旦那様のことはすべて覚えています」

「す、すべてですか?」

「はい。もちろんです」

 巳雪さんが語り出した。

「旦那様が笑顔になった回数は1011回です。直前だと1分と37秒前にも、わたしの料理を「おいしい」と食べてくれた時に笑ってくださいました」

 にっこりと巳雪さんが笑う。

「旦那様が家の中でトイレに入ったのは267回。旦那様がちょっと困った時に無意識に出る右手の親指と人差し指をこすりつけクセは34回。嬉しいと感じた時に無意識に出る左手で首の後ろをさわるクセは466回。疲れている時に目をパチパチさせるのは341回」

「み、巳雪さん?」

「私のことを好きと言ってくれたのは14回。愛していますと言ってくれたのは4回です。ふふっ、最初に愛していますと言ってくれたのはこの家に来て3分と57秒後のことでした。今でも鮮明に覚えています。少しどもった声で、一生懸命な顔で、わたしのことを真正面から見つめて「愛してます。幸せになりましょう」と言ってくれました。その時の旦那様の姿も声もぜんぶ覚えています。旦那様はわたしのことを不安にさせないようにしてくれたのですよね? 本当に優しい人だなと思って、わたしの心が暖かくなって、ますます旦那様のことが好きになりました。2回目はその夜に初めてわたしがこの家で旦那様を搾り取った後のことです。トロトロにとろけた顔でわたしのことを見上げながら「愛してます」って言ってくれました。それを聞いて、ますます心がポカポカして、興奮して自分をおさえられなくて、2回戦目に突入してしまいました。その時の旦那様のかわいい顔が今でも忘れられません。3回目は私が間違えてしまってこれまでの遺産で服を購入して旦那様を困らせてしまった時のことです。こんな至らないわたしのことを許してくださって、その時に愛していますって言ってくれました。4回目はついこの前、初めてセックスした時のことです。旦那様に勇気をもらえて、それなのに久しぶりのセックスで気が動転している時に声をかけられて、幸せな気持ちが洪水みたいにあふれてきて大変でした。あやうく旦那様のこと絞り殺してしまうところでしたね」

 とまらない。

 巳雪さんが猛毒のような愛を語っていく。

「旦那様が喘ぎ声をもらした回数は4657回です」

「あ」

「射精した回数はこの3ヶ月間で、531回。1日平均だと6回。けれど最近は一日に射精できる回数がだいぶ増えてきました。昨日は8回、わたしの中で射精していただけました。その1回1回の旦那様の反応もぜんぶ覚えています」

 いつの間にか巳雪さんが私の体を抱きしめている。

 大きな体に圧迫されるみたいに、私の小さな体が埋もれる。大きなおっぱいが腕に押しつけられる。鋭い日本刀みたいに美しい顔が、私のことをうっとりとした瞳で見つめてきた。

「旦那様の射精回数、増やしたいです」

「え?」

「少しはやいけど、ダメですか?」

 さらに顔が近づけられる。

 鼻先と鼻先がくっつくほどの至近距離で発情している巳雪さんから求愛される。

「ダメですか?」

 さわさわと、いやらしい指使いが私の太ももを這っていく。背中も撫でられ、愛撫される。目の前にはウルウルと瞳を潤ませ始めた巳雪さんの姿。こんな美しい女性に誘惑されて、誘いを断れる男なんて地球上に存在しないだろう。私はコクンとうなずいてしまった。

「旦那様」

 ぱああっとヒマワリみたいな笑顔が咲く。

 そうして私は今日も搾り取られる。

 彼女に精液を奪われ捕食されるだけの時間。頭がよくて、スタイル抜群で、私よりも身長が高い女性から一方的に犯される。普段理性的な彼女が乱れて私の体を求め続ける姿を見上げながら何度目になるか分からない射精を放つ。

「ふふっ、537回目」

 カウントされる。

 時間をかけて、偏執的なまでの愛情をそそがれながら、今日も私は空っぽになっても搾り取られていった。



 *



 私に関する記憶力だけではない。

 巳雪さんの頭脳は信じられないくらいに明晰で、私なんかとは比べものにならないくらいに優秀だった。

 この前チラリと聞いていた投資の話し。

 詳しく聞いてみたところ、衣服の一件があった以降、巳雪さんは自分の資産を動かすことをやめ、私の貯金をせっせと投資にまわして、じゃんじゃんお金を増やしているとのことだった。

「だ、大丈夫なんですか?」

 投資には詳しくなかったが、そんな簡単にお金を増やすことができるなんて信じられなかった。巳雪さんはキョトンとした表情を浮かべて、証券会社の口座と、私の預金口座を見せてくれた。口座の残高が巳雪さんに預貯金を預けた時の倍になっている。それは利益確定させたお金ということで、それとは別に、桁がちょっとおかしくなっている証券口座の残高も見せてもらえた。

「ぜんぶ旦那様のお金です」

 にっこりと巳雪さんが笑う。

「旦那様に言われたとおり、わたしがもらった遺産は旦那様の食費以外にはいっさい使用せずに眠らせてあります。これは正真正銘、旦那様だけのお金です」

 なんだか信じられない思いでいっぱいだった。

 巳雪さんにどうやって増やしたのかと質問してみる。彼女からの回答はさっぱり意味が分からなかった。値上げする金融商品と値下げする金融商品の根拠を論理的に説明されているはずなのだが、大量の数字と見たこともない数式の羅列を前にして頭がショートする。分かったことは巳雪さんがとんでもなく優秀で、私なんかよりも頭が良いだということだけだった。

「あ、あの旦那様……ダメでしたか?」

 巳雪さんが不安そうな顔で私を見上げてくる。

「女の分際で出しゃばってしまって申し訳ありません。ダメならダメと言ってください。もう二度と投資はしませんから」

 うるうると泣きそうになっている。

 彼女のことを不安にさせているアレコレに非常に申し訳がなかった。

「ぜんぜんダメなんてことないです。私のお金の管理は巳雪さんに任せているんですから、自由に管理してください」

 私の言葉でも巳雪さんは表情を暗くしたままだった。もしかすると彼女の元夫の中には巳雪さんがお金を稼ぐことに反感を持つ男もいたのかもしれない。私は安心させるように、巳雪さんの頭を撫でた。

「あ」

 甘い声を出して、一瞬だけ驚いた表情を浮かべた巳雪さんが、ゆっくりと優しげな笑顔に戻る。絹のような艶やかな黒髪を撫でていると、その感触の心地よさだけで、こちらまで気持ちよくなってきた。

「なにかお礼をさせてください」

 巳雪さんの頭を撫でながら言う。

「巳雪さんのために何かプレゼントしたいです。なにがいいですか?」

「で、でも……そんな……」

「遠慮なく言ってください……とは言っても、巳雪さんが投資で増やしたお金ですから、そのお金を使って物を買ってもプレゼントにならないかもしれませんが」

 私の言葉に巳雪さんがブンブンと頭を横に振って否定する。しばらくの間押し黙り、思案を続けていた巳雪さんが、おずおずと口をひらいた。

「あの……お出かけしたいです」

「え?」

「旦那様とデートがしたい……です」

 顔を真っ赤にしての言葉。

 その言葉で、そういえば巳雪さんと出かけたことが一度もないことに気づく。休日は朝から晩まで搾り取られるだけだったので外出する暇すらなかったのだ。

「そ、そうですね。それじゃあ、次の日曜日に、デ、デートしましょうか」

 私の言葉に巳雪さんがコクリとうなずいてくれた。

 恥ずかしがっている巳雪さんの姿はあまりにもかわいくて、なんだか心が暖かくなった。はやく日曜日にならないか。そんな風に思いながら日常を過ごしていき日曜日をむかえた。





つづく