日曜日。

 私と巳雪さんは都心へと出かけた。

 隣を歩く巳雪さんの服装は、この前にも披露してくれた白色のブラウスに腰の高さまであげられた黒色のロングスカートだった。童貞殺しの深窓のお嬢様。内蔵が入っているのか疑問に思うほどの細い腰と、腰高のロングスカートによって強調された大きなおっぱい。その魅力的な姿にノックアウトされ、チラチラと巳雪さんを盗み見てしまう。

(まわりもみんな、巳雪さんのことを見てる)

 日曜日とあって都心にはかなりの人出があった。

 街中を歩いていると、全員が巳雪さんを見つめているのが分かる。背が高いだけあって巳雪さんはよく目立つ。それだけならまだしも、彼女は絶世の美女でスタイルも抜群ときている。男性だけではなく女性も羨望のまなざしで巳雪さんのことを見つめては顔を赤くしていた。

「すげえ美人」

「スタイルやばっ」

「で、でけえ」

 そんな声が遠くから聞こえてくる。

 それにまぎれて、

「隣の男……なに?」

 おそらく全員に思われていることだろう。

 背がそれほど高くなく、容姿が整っているわけでもない冴えない中年男性が、巳雪さんと連れだって歩いているのだ。誰もが巳雪さんと私が夫婦であるなんて想像すらしていないだろう。

「あ、あの」

 隣を歩く巳雪さんがどもりながら話しかけてきた。挙動不審でやけに深刻な表情を浮かべている。

「みんな、見てますね」

「え、あ、はい。そうですね」

 巳雪さんも気づいていたのだ。

 当然だろう。これだけ周囲から無遠慮の視線を向けられて気づかないわけがない。彼女はキっと周囲を睨みながら、

「みんな、旦那様のことばかり見ています」

「え?」

「やはり、旦那様が魅力的だから……」

 巳雪さんはキョロキョロと周囲を見渡しては、キっと睨みつけている。さきほどの言葉といい、彼女は周囲の視線が私に向けられているものだと勘違いしているらしい。なぜそんなことになるのか、さっぱり分からなかった。

「旦那様、あの」

「は、はい」

「手を握ってもいいですか?」

 顔を赤くした巳雪さんが決意を固めたみたいに続けた。

「周りの人に見せつけておきたいんです。この男性は私の旦那様なんだって。きちんと分からせないと」

 強烈な独占欲。

 それを感じて私は戸惑うと同時に嬉しくなった。私も同じだったのだ。周囲の男たちが巳雪さんに視線を向けるのを見て不安だった。私は笑顔で彼女の左手を握った。

「あ」

 驚いた巳雪さんが、笑顔になる。

 そのまま彼女が指と指を絡ませてきた。彼女の長い指が私の指と指の間に挿入されて、ぎゅううっと力強く握られてしまう。巳雪さんの手は大きくて、私の手をすっぽり覆い隠してしまうようだった。指を絡まされ、完全にロックされてしまう。彼女の薬指につけられた結婚指輪の感触が私の手に伝わってくる。

「まじっ?」

「夫婦ってこと?」

「信じられないんだけど」

「う、うらやましい」

 周囲でヒソヒソと噂されている。

 巳雪さんは私と恋人繋ぎをして、これみよがしに結婚指輪を見せつけていた。独占欲がすごい。絶対に私のことを逃がしたりしないと決意していることが分かる。「周囲のハイエナどもの視線から旦那様のことを守らないと」そんな使命感すら感じさせるほど、巳雪さんはスキンシップを過激にさせていく。

「旦那様」

 ぎゅうううッ!

 手を繋ぎながら、右腕を抱きしめられる。私の右肩あたりに彼女のおっぱいが押しつけられて、私と巳雪さんの体が密着する。

「外は怖い人ばかりですが、安心してください。私が旦那様のことを守りますからね」

「み、巳雪さん、みんな……みんな見てますから……」

 ぎゅううううッ!

 さらに抱きしめられ、彼女の柔らかい体を右半身全体で感じる。周囲では羨望と殺意が入り交じった視線が私に向けられていた。こんなにも美人でスタイル抜群な女性から恋人繋ぎをしてもらって、腕を抱きしめられるなんて、前世でどんな徳を積んだのか……そんなふうに思われていることが分かった。



 *



 デートの最中。

 巳雪さんのスキンシップはどんどん過激になっていった。最初は周囲に見せつけるために行われていたスキンシップ。しかし、私の体をさわるうちに巳雪さんも発情してしまったらしく、行為がエスカレートしていく。彼女の手が、少しづつ私のことを愛撫し始めてしまう。恋人繋ぎをしている手をぎゅっぎゅっと優しく握りしめて私を悶えさせ、私の腕におっぱいを押しつけて悶絶させる。さらには彼女の右手が私の体をさりげなく撫でていく。その手つきは性技の時のそれで、私の体がビクンと震えてしまう。

「み、巳雪さん」

 声をかけても巳雪さんはニッコリと笑うだけだ。

 愛撫は一瞬のうちに終わって痕跡すら残さない。たぶん、周囲の人間はボディータッチが多めだなくらいにしか思わないだろう。その実、彼女はその一瞬のタッチのうちに私の性感を高めていくのだ。

 映画の最中も。

 彼女の手がさわさわと私の太ももを撫でていった。暗闇で周囲から見られていないことをいいことに、私の股間周辺を永遠と撫で回す。まるで性器を直接いじられているみたいに感じられる太もも責め。彼女の長い指が私の太ももをイヤらしく這い回って、私の理性を溶かしてしまう。

「アッ……んんッ……」

 甘い声が漏れる。

 我慢しようとしても無駄だ。

 ずっとずっと、巳雪さんにさわさわとボディータッチを繰り返され、体から力を抜かれていく。映画なんてまったく頭に入ってこない。それは巳雪さんも同じらしい。

「ふふっ」

 映画なんてそっちのけで巳雪さんが私のことを観察しているのが分かる。喘ぐか喘がないかギリギリの生殺しの刺激を私に与え続けていく。「あんっ」と私の口から押し殺した声が漏れる。これ以上は無理。すがりつくように巳雪さんを見つめた。

「み、巳雪さん」

「どうしましたか?」

「も、もう、やめて」

「なにをです?」

「こ、これ。み、巳雪さんの手」

 抗議をしている最中も彼女の手は私の太ももを這い回っていく。そのイヤらしい動きを見てはいけない。それが分かっていても見てしまう。5本の指がそれ自体独立した生命体みたいに、イヤらしく私の太ももを撫でていく。

「ふふっ」

 すっかりいじわるモードになった巳雪さんが私の耳元で囁いてきた。

「なにがダメなんですか、旦那様」

「あひんッ!」

「ちゃんと映画に集中してください」

 さわさわさわっ。

「ひいッ」

「ふふっ、そんなにかわいい声を漏らしてしまうと、周りのお客さんにバレてしまいますよ?」

 さわさわさわっ。

「あ、あアンッ……み、巳雪さん」

「この人、隣の女の人に犯されてるんだって、バレてしまいます。映画館の暗闇を利用されて、性的にいじめられているんだって、バレてしまいますよ?」

 愛撫をやめてくれない。

 それどころかまるで分からせるみたいに、巳雪さんの手の動きが過激になる。彼女の瞳にもハートマークがちらつき、発情しきった視線で私のことを見つめてくる。すっかり夜モードになった巳雪さんを止めることなんてできない。私は映画が終わるまでの間、永遠と太ももだけを愛撫され続けた。



 *



 エンドロールも見終わって立ち上がる。

 すっかり消耗しきった私は自分で立つこともできなくなっていた。ハアハアと息を荒くして、今だに愛撫の余韻で体を震わせ、悶えてしまう。

「旦那様、大丈夫ですか?」

 私のことをこんな状態にした張本人がなんか言っている。彼女は私の痴態をまじまじと見下ろして、幸せそうに笑った。

「旦那様の顔……とってもかわいいです」

 発情モードは続いているらしい。

 キョロキョロと周囲を見渡し映画館にほとんど人がいないことを確認すると、彼女が一瞬にして私の唇を奪った。

「んっぐうッ」

 声が漏れる。

 そんなことおかまいなしに、巳雪さんが舌を私の口内にねじこんできて、めちゃくちゃにされてしまった。時間にすると一瞬の出来事。巳雪さんはすぐに私の唇を解放して「んふっ」と笑った。

「我慢できませんでした」

「はあはあ……み、巳雪さん」

「さ、いきましょうか。次は服を見にいきましょう」

 巳雪さんが幸せ満点の笑顔で立ち上がる。

「わたしから離れないでくださいね、旦那様」

「あひい」

「わたしと一緒なら安心ですから、ね?」

 巳雪さんに片腕を抱かれたまま映画館を出る。周囲にはたくさんの人だかり。その視線が私たち……いや、巳雪さんに集中する。

(みんなに……見られている……)

 まじまじと無遠慮な視線が周囲から殺到する。

 それも無理からぬことだった。こんなにも美人でスタイル抜群な女性が歩いているのだ。発情モードになった巳雪さんの魅力はさらに増し、彼女から発せられる猛毒のようなフェロモンが周囲の人間をたぶらかせて仕方ない。ぼおっとした視線で巳雪さんを見つめている男たち。若者だろうが高齢者だろうが、雄は全員、巳雪さんの美貌に吸い寄せられていた。その姿はまさしくサキュバスそのものだ。

「旦那様」

 ぎゅううっと、さらに抱きしめられる。

 ぐんにゃりと、おっぱいに片腕どころか右半身が埋もれてしまい「あひっ」という声が漏れた。

「離れないでくださいね」

「は、はひ」

「大丈夫です。旦那様のことはわたしが守りますから」

 まだ勘違いを継続したまま、巳雪さんが偏執的な愛情を私に向けてくる。

 私はそのまま、彼女に連行されるようにして歩いていく。周囲の羨望と憎しみがこもった視線に苛まれながら、到着したのはハイブランドで知られる服屋だった。

「服を旦那様に選んで欲しいんです」

 巳雪さんが、じっとりとした瞳で言う。

「旦那様の好みで、服を選んでください」

「で、でも、プレゼントなんだから、巳雪さんが好きなデザインを選んだほうが」

「わたしの好みは、旦那様が気に入ってくれるデザインです」

 じっと私を見下ろしながら宣言する。

「旦那様の好みでわたしを染め上げてください」

「う」

「わたしのこと旦那様好みの女にしてください」

 わかりやすく誘惑されて、顔が赤くなる。

 しかし、女性の衣服なんて見当もつかなかった。自分の服装だってセンスがゼロなのだ。どういう組み合わせがいいのかなんて私に分かるはずがない。右往左往しているうちに、巳雪さんが助け船を出してくれた。

「旦那様、それではわたしが試着したものから選んでもらえませんか?」

 にっこりとした笑顔に救われる。情けなかったがありがたかった。

「少し待っていてください」

 何着か衣服を抱えた巳雪さんが、試着室の中に入っていく。

 聞こえてくるのは衣擦れの音。一緒に暮らしていて、何度もこういう場面に出くわしているとはいえ、いっこうに慣れなかった。今、巳雪さんはブラウスとロングスカートを脱いでいる。カーテンの向こうで裸をさらしているのだ。そう思うと興奮してしまった。

「おまたせしました」

 カーテンがひらき、巳雪さんが現れる。

 その姿を見て、私は呆然としてしまった。

「いかがでしょうか、旦那様」

 現れたのは肩だしセーター姿の巳雪さんだった。体にぴったりとはりついたセーターのせいで、彼女の体のラインが強調され、大きなおっぱいがさらに巨大に見えた。下半身には白色のパンツ。上品ながらも露出の高い格好。私は巳雪さんの美しさに目が奪われてしまった。

「に、似合ってます。すごく」

「気に入ってもらえましたか?」

「は、はい。すごく……いいです」

 語彙力が死んでる。

 言葉を忘れるくらいに巳雪さんの姿は魅力的だった。私のつたない言葉に巳雪さんは顔を真っ赤にして喜んでくれている。そして、次から次へと試着室で衣服を着替えては、見せてくれた。

(き、きれいだ)

 普段、着飾ってなくても魅力的な巳雪さん。

 そんな彼女がオシャレな格好をしていると、もう目を離すなんて不可能に思えた。白のワンピース姿。ジャケットをさっそうと羽織った格好いい姿。そのすべてが魅力的で、ただただぼおっと見つめてしまう。

「最後はすこし、趣向をかえたものを選んだんです」

 巳雪さんが恥ずかしそうに言う。

「驚かないでくださいね」

 カーテンがひらく。

 現れたのは、ヘソ出しのTシャツと、丈が極限まで短いジーンズ柄のホットパンツを着用した、ギャルモードの巳雪さんだった。

「す、すごい」

 そんな言葉しか出てこない。

 露出が多くて、目のやり場に困る。何度も見ているはずなのに、ヘソ出しTシャツの格好で見る彼女のおヘソの美しさは女神のようだった。露出して強調された腰の細さ。それでいて、その上と下には、大きすぎるおっぱいと巨大なお尻が鎮座している。ボンッキュッボンッ。効果音が聞こえた気がした。丈の短いホットパンツから伸びるムチムチの太ももにも目が奪われる。腰の高さがはるか上にあって、そこから伸びる足の長さは芸術作品のようだ。日本人離れどころか人類離れしている体型と美しさ。目を見ひらいて、そんな巳雪さんを見つめてしまう。

「あ、あの旦那様。さすがにそんなに見つめられると、は、恥ずかしいです」

 頬を赤くして顔をそむける巳雪さん。

 ギャルの格好をしていながら、瞳を潤ませて恥ずかしそうにしているその姿はあまりにもかわいかった。

「す、すみません。つい……巳雪さんがあまりにも魅力的だったので」

 正直な言葉が口から出る。

 巳雪さんが一転して私のことを見つめてくる。

 そして、いきなりこちらに体を寄せてきた。

「旦那様」

 顔を近づけ耳元で囁かれる。

 さきほどまで恥ずかしがっていた女性と同じ人物とは思えないほど妖艶な声で、

「もし旦那様がご希望されるのであれば、今日はこの格好で自宅まで帰りましょうか」

 彼女の甘い吐息が耳にかかる。脳髄が溶けてしまいそうな扇情的な声色。

「この露出の高い格好で旦那様の隣を歩けば、さすがに周囲の人たちにも、わたしが旦那様の女だと分かるはずです。こんなにも露出の高い格好で隣を歩かされるなんて、この女は隣の男に手込めにされて言いなりになっているんだと、そう思い知ってもらうことができると思います。わたしが旦那様の所有物であることが一目瞭然。そうすれば、汚い虫が寄ってくることもないです」

「み、巳雪さん」

「たぶん周囲からは羨望の目で見られると思いますよ。背の高いスタイル抜群の美女に男の欲望まみれの格好をさせて、隣を歩かせて、まるでトロフィーみたいに見せつけるんです。こんな露出の高い格好をさせているのですから、ただの男女であるなんて思われません。何度もセックスをして、ずぶずぶの深い仲になっている男と女だって、みなさんに分かってもらえるはずです。そうすれば、汚い蠅も寄ってきません。旦那様にはわたしという所有物がいて、そこに入り込める隙間なんてないんだと、見せつけることができます」

 ギャル姿の巳雪さんが笑う。

 分かりやすく誘惑されていることが分かる。ハアハアと興奮し、我を忘れそうになる。それでも最後の最後に残った理性が、息も絶え絶えに言った。

「だ、ダメです」

 巳雪さんの目を見つめながら、

「ほかの人に巳雪さんの素肌を見せたくない……です」

 独占欲を丸出しにして宣言する。

 恥ずかしくて顔が赤くなる。それ以上に顔を赤くした巳雪さんが、完全に発情モードになった。

「旦那様ッ!」

「ひ」

 腕を引っ張られて、試着室に引きずりこまれる。

 二人っきりで狭い試着室に入る。いや、閉じこめられた。ギャルの格好をした巳雪さんが、至近距離からまじまじと私の顔を見つめ、トロトロにとろけた瞳を向けてくる。

「うれしいです……旦那様……」

「あ、だ、だめ」

「好き」

 ぶっちゅうううッ!

 口づけ。狭い試着室の中で体を羽交い締めにされながら、情熱的な口づけで唇を貪り喰らわれる。

「好き……好き……」

「あひんっ……ひいん……」

「好き……旦那様……好き……」

 食われている。

 唇が押しつけられ、口内を彼女の長い舌でレイプされて、恐怖じみた愛情でドロドロに溶かされる。試着室のすぐ外には衣服を購入するために来店したお客さんたちがいる。そんな中で、巳雪さんが唾液音を少なめにして情熱的なディープキスで私のことをメロメロにさせていく。

(だ、だめだ……体が……)

 力が抜ける。

 ずり落ちそうになった体が抱きしめられてしまう。されるがままになった私は顔を上にあげて、上から振り下ろされるような過激な口づけで悶えるだけ。巳雪さんの大きくて柔らかい体に埋もれるようにして、トロトロに溶かされていった。



 *



 衣服を購入して店外に出る。

 大量の紙袋を持って歩く。長時間、唇を奪われていたせいで体に力が入らなかった。ガクガクする足腰にムチをうって歩いていく。

「旦那様、わたしが持ちます」

 巳雪さんが心配そうに言ってくれる。

 けれど女性に荷物を持ってもらうわけにはいかなかった。

「旦那様にそんなことをしていただくのは申し訳ないです」

「気にしないでください。それに荷物は男が持つものですよ。巳雪さんにそんなことさせられません」

「……服だってたくさん買っていただいたのに……荷物まで持っていただくなんて」

 巳雪さんが納得してくれない。

 けれどこれは罪ほろぼしでもあるのだ。けっきょく私は巳雪さんの衣服を選ぶことができなかった。すべて魅力的すぎて一つに絞れなかったのだ。苦渋の策として、巳雪さんが試着した服をすべて購入した。ハイブランドの店だったので金額がすさまじいことになっていたが、巳雪さんのおかげでお金には余裕があった。けれど、それがなにか、彼女のお金で男の見栄みたいなものを満たしたように感じられて申し訳なかった。荷物持ちくらいさせてもらわないと私の気がおさまらない。けれど、巳雪さんも強情だった。

「旦那様……」

 そんな涙をためた瞳で哀しそうに見つめないで欲しい。まるで自分が世紀の極悪人になった気分になる。私は根負けした。

「で、では、片方だけ持ってください」

 両手にもった紙袋のうち左手の紙袋を差し出す。ぱああっと笑顔になった巳雪さんがそれを受け取り、自由になった私の左腕をがっちりと抱きかかえた。おっぱいが腕にあたってガクンと腰が抜けそうになる。

「旦那様の両手がふさがっていたので、腕を組むことができなくて哀しかったんです」

 私の左腕をまるで宝物みたいに抱きしめながら巳雪さんが言う。

「旦那様……好きです」

 愛が止まらない。

 さきほどの試着室から、必殺の右ストレートみたいな直接的な愛情で殴ってくる。おっぱいをすりすりと私の左肩にすりつけては、さらに体を寄せ密着してきた。私の小さな体が、巳雪さんの大きな体に埋もれる。

「み、巳雪さん……う、動けないです」

「あ、ごめんなさい」

 少しだけ体が離れる。

 それでも熱々のカップルだってこんなに密着しないだろうというくらいには体をすりつけてくる。周囲の視線が痛かった。

「旦那様」

 極上の女体の感触に悶えていると、巳雪さんが身をかがめ、耳元で囁いてきた。

「最後に行きたい場所があるんですが、いいですか?」

「は、はひ」

「ふふっ、それじゃあ行きましょう。実は予約もとってあるんですよ」

 こっちです。

 そう案内されて、連行される。

 どこに行くんだろう。そんなふうにのんきに考えていた私は、どうしようもないくらいにバカだった。



 *



 連れられて歩く。

 だんだんと街中から離れていく。

 うす暗い路地に入って、人の気配も少なくなっていく。一本道のどこまでも続くような裏路地だ。人の数は少ないのになぜか妙な気配が立ちこめていることに気づく。私たちを見つめてくる視線が明らかに厭らしいものに変わっているのだ。それは自分の欲望に正直な男たちの視線だった。まるで視姦するみたいに巳雪さんを見つめては、下品な笑顔を浮かべている。

(ここはどこなんだろう)

 看板がやけに多い。夜になればかなりまぶしい光を発するであろう夜の町。そこまで連想して、はじめて私は、ここら辺一帯がどういう場所なのか気づいた。

(ラ、ラブホテル街だ)

 街中から少し離れた場所にある色街。

 やけにファンタジー色が強調された建物だと思っていた場所はラブホテルだった。周囲には夜のお店が密集している。ソープとか、案内所とか、郷田から話には聞いたこともある場所が点在している一画にまぎれこんでしまったのだ。

「み、巳雪さん」

 はやくここから離れよう。

 そう言おうとした私は、ねっとりとした視線でこちらを見下ろしてくる巳雪さんを見て、なにも言えなくなってしまった。彼女は間違いなく狩人の視線で私を見つめていた。捕まえた獲物を絶対に逃がさないと決意している、そんな女性がそこにはいた。

「すごい視線ですね、旦那様」

 うっとりとした声色で巳雪さんが言う。

「みなさんが、わたしたちのことを見てますよ?」

 がっしりと。

 さらに力強く腕を抱きしめられ、拘束される。

「きっと、みなさんは分かっているんでしょうね。ああ、これからこの男女は、ラブホテルで体を重ねるんだろうって」

 ねっとりとした声色。

「あの男が隣の女を犯すんだろうって、そうしたら女はどんな声で鳴くんだろう―――そんな妄想をしては、下品に笑っているんでしょうね」

 つうっと、巳雪さんの指が私の背中を撫でる。

 その妖艶な指使いで私の体がビクンとふるえた。

「それとも、逆ですかね」

 怪しく笑って、

「あの背の高い女が、これから隣の小さな男を犯すんだろうって、そう思われているのかもしれません。男の腕をつかんで放さない女が、これから無理矢理に男をラブホテルへ連れ込んで、めちゃくちゃに犯してしまうのかもって、そう思われているかもしれませんね」

 背中が愛撫される。

 アヒアヒと悶えながら目的地にむかって歩かされる。

「正解、ですよね」

 愛撫が続く。

 私の口から甘い声が漏れる。

「これから旦那様は、ラブホテルに連れ込まれてしまうんです。逃げることはできません。このまま二人っきりで、男と女がセックスする場所に入って、そういうことをするんですよ」

 さわさわ。

 愛撫が強くなり、足がガクガクふるえた。

「普段、家の中ではできないプレイで旦那様のことを犯します」

「み、巳雪しゃん」

「家の壁が薄くて、喘ぎ声を我慢しようとしている旦那様のことを見ていると切なくなってしまうんです。ですから、今日は隣の家に声が聞かれるかもしれないなんてこと気にせず、めいいっぱい喘がしちゃいますね」

 笑って、

「家では手加減しているのですが、今から行くラブホテルならそんな必要もないです。防音設備がしっかりしているので旦那様がどんなに泣き叫んでも迷惑をかけることはありません。わたしの本気で、旦那様のことをめちゃくちゃにかわいがって、空っぽになるまで搾り取って、空っぽになってもやめないで、ずっとアンアン喘がせちゃいます。旦那様にはこれから獣みたいな悲鳴をあげてもらいます。喉が枯れるまで追いこんであげますからね」

 彼女が顔を私の耳元に近づける。

 脳味噌を溶かすみたいなウィスパー声が囁かれた。

「楽しみにしていてくださいね、旦那様」



つづく

つづく