猛毒じみた献身的な愛。

 巳雪さんの狂気的な愛情が深まるにつれて、出社前の朝の求愛行動もさらに激しさを増すようになっていた。

「旦那様……旦那様……」

「あひいん……ひいん……」

 朝起きたら巳雪さんの体が私の体にすりつけられている。大きなおっぱいがぐんにゃりと私の小さな体を潰し、フェロモンが塗りたくられていく。

「好き……旦那様……好きです」

 チュバッ! チュウッ! ブチュウッ!

 さらには激しいキス。

 それがずっと続き、朝から腰が抜けてしまう。そんな私のことを巳雪さんがお姫様だっこして食卓へと運び、朝ご飯を食べさせてくれる。その間も巳雪さんは私のすぐ隣に座ってずっとこちらの一挙手一投足を見つめている。魔性の指使いによるボディータッチは健在で、ご飯を食べながらも求愛される。鋼の意志をもたなければこのままずっと愛し合って会社を無断欠勤してしまうことは必死だ。体中に巳雪さんの匂いがこべりついて頭が麻痺してしまう。

「……旦那様」

 玄関先で巳雪さんが哀しそうに私を見下ろす。

 うるうると瞳に涙をためて、たまにそのまま本当に泣いてしまう。離れたくない。ずっと一緒にいたい。言葉はなくてもそんなことを考えていることが鈍い私でも分かる。けれども彼女の口から出てくるのは「はやく帰ってきてください」という懇願だけだ。

「お待ちしております」

「み、巳雪さん、お、遅れちゃうから」

「お願いですから、はやく帰ってきてください」

 泣きそうな表情で真正面から抱きしめられる。

 最後に念を入れて体をすりつけられフェロモンでマーキングされる。さらには彼女の超絶美顔が近づいてきて、情け容赦なく私の唇を奪う。そのまま激しいキスで私の理性を簡単に崩壊させてしまった。

「帰ってきてくれたらすぐ続きをしますね」

「は、はひ」

「旦那様のことたっぷりかわいがって、めちゃくちゃに犯して、マゾにしてあげます」

 じっとりと見下ろされる。

 抜けてしまった腰が回復するまで抱きしめられて羽交い締めにされる。ようやく足腰が立つようになったのは遅刻ギリギリの時間帯だった。

「いってらっしゃいませ、旦那様」

「は、はひ」

 正座で三つ指をついて頭をさげている巳雪さんに見送られて、出勤する。

 体中にすりつけられた彼女の甘い匂いと、さきほどまで口内にねじこまれていた長い舌の感触を思い出しつつ、電車に乗り、会社へと急ぐ。

(ば、バレないかな)

 電車の中でも会社でも、気になるのはそのことだけだ。

 首筋につけられたキスマーク。体中に刻まれたものと比べれば数も傷跡も大したものではないけれど、やはり見る人が見れば分かってしまうだろう。そんなふうに周囲の人間にも分かる形で巳雪さんの名前が体に刻まれていると思うと、やはり興奮してしまった。はやく家に帰りたい。巳雪さんにかわいがってもらいたい。そんなことばかりを考えてしまった。



 *



「よお、尻に敷かれ男」

 昼休み前。

 いつものように郷田が話しかけてきた。

 手渡しされた経費申請の書類を受け取り、さっと目を通す。

「なんだよ尻に敷かれ男って」

「結婚して妻に頭があがらない男のこと」

「私は別に違う」

 どうだかと、郷田は肩をすくめた。

「飲みの誘いにもめっきり乗ってこなくなって、よく言うぜ。あれだろ。お小遣い制になって飲み代も出せないんだろう。どんな鬼嫁なんだよいったい」

「違うって言ってるだろう。それに、巳雪さんは鬼嫁なんかじゃない」

「かあああッ! やっぱり結婚なんてするもんじゃないな。一度俺から、おまえの嫁さんにびしっと言ってやろうか?」

 一人で盛り上がっている郷田を無視して、経費申請のあった領収証の一部を不承認にして、突き返す。案の定郷田は大げさにため息をついた。

「お小遣い制の男は経費承認もシビヤだ。かなしいね。嫁さんに躾られちまってる」

「べ、別に躾られてなんか」

「あ~あ、嫁さんもらった男はみんなこうだよ。やだね~、やだやだ」

 そこではじめて、郷田が横の男に言葉をかけた。

「なあ近藤。やっぱり男は独身が一番だよな」

 近藤と呼ばれた男は長身のイケメンだった。整髪料をつけて整えられた髪の毛だけ見ても遊び人であることが分かる。

「まだ直接紹介はしてなかったか。こいつが部下の近藤。不真面目で遊びまくってるのに営業成績だけはいいからクビにならない素行不良男。ほれ、あいさつしろよ」

 時代錯誤を地でいく郷田の声かけに気を悪くした様子もなく、近藤と呼ばれた男がこちらに近づいてきた。

「近藤です。よろしくです」

 想像してたよりも大人しそうな声だった。

 けれどそんな印象は次の瞬間に吹き飛ぶことになる。

「人妻って、いいッスよね」

「は?」

「大谷さんの奥さん、どんな人なんッスか?」

 ニヤニヤと近藤が下品に笑う。

 おいおいと、郷田が近藤の頭をこづいた。

「さっそく手を出そうとしやがって。いつかおまえ、刺されて死ぬぞ」

「別にそんなへましないッスよ。それに俺のほうがぜったい満足させられると思うんッスよね」

 近藤が勝ち誇ってこちらを見下ろしてくる。

 性欲が服を着て歩いているようなそんな若者だった。長身で鍛え上げられた分厚い肉体が目の前にあり、自分との差を歴然と見せつけられるみたいだった。

(自分なんかじゃ巳雪さんと釣り合わない)

 そんな気持ちにさせられる。

 言動はアレだが目の前の近藤は明らかに女に好かれる強い雄という感じだった。現に周囲の女子社員たちが彼に注目していることが分かる。なんだか自信をなくしてしまい、うなだれてしまった。

「まったくどうしようもねえ……大谷もすまんな」

「いや、別に」

「まあいいや。お詫びに昼飯おごらせてくれよ」

 相変わらず面倒見がいい。

 隣の近藤が「先輩ゴチになります」と図々しく言って郷田にこづかれている。私はハハハと弱々しく笑って、

「せっかくだけど、弁当があるからいいよ」

「そうか?」

「ああ。巳雪さんにせっかく準備してもらって、」

 そこで気づく。

 ビジネスバックの中にいつもの弁当箱が見あたらなかった。あわててガサガサやるのだがやはりどこにもない。

「なんだおまえ、弁当忘れたのか?」

「そうらしい。朝もいろいろ忙しかったからな」

 激しくマーキングとディープキスをされて息も絶え絶えになってしまった朝のことを思い出し、ゴクリと唾を飲み込んだ。

「さてと、どうしようか」

 途方にくれる。

 準備してもらった弁当を忘れるなんて巳雪さんに申し訳がなかった。そんなふうに呆然としていると、珍しく女性社員が声をかけてきた。なぜか信じられないものを見たという珍妙な顔つきで私のことを見つめている。

「大谷さん、来客みたいですよ」

「来客?」

「はい。奥さんが忘れ物を届けにきたとかで……すごい美人ですね、大谷さんの奥さん」

 女性社員が入り口の方へと顔を向けた。

 私もつられてそちらに顔をやり、固まってしまった。

 巳雪さんがオロオロしながら申し訳なさそうに立っていた。



 *



 会社に巳雪さんがいるという非現実。

 なんだかいつもの巳雪さんではないように見えた。美人過ぎる。スタイルが良すぎる。なんというかキラキラ輝いているように感じられた。

 童貞殺しのブラウスに黒色のロングスカート。深窓の令嬢のような格好でたたずむ彼女は美の化身みたいだった。郷田や近藤、ほかの社員たちも全員が巳雪さんに注目して、呆然としている。

「旦那様」

 おろおろとしていた巳雪さんが、私の姿を確認したとたんにパアッと笑顔を咲かせた。それによって周囲の社員たちが「あああ」と嘆息を漏らしている。彼女がこちらにむかって歩いてきて、その歩行にあわせてブラウス越しのおっぱいが蠱惑的に揺れ、郷田と近藤が「う」と呻いていた。

「み、巳雪さん、どうして」

「申し訳ありません。お弁当をお忘れだったので、迷惑かとは思いましたが、お届けに参りました」

 そう言って弁当を手渡してくる。

 ずっしりと重い弁当箱の感触が、彼女の愛の深さを物語るようだった。

「そんな、わざわざ届けてもらわなくても」

「いいえ。旦那様にはいつも栄養のあるものを食べて欲しいですから」

 ニッコリとほほえんだ巳雪さん。

 やっぱり美し過ぎる。私の子種を毎日摂取して、その美に磨きがかかりまくっているのが分かった。私は赤面してしまい「あ、ありがとうございます」と返事をするしかなかった。

「ここが、旦那様の職場なんですね」

 周囲を見渡して巳雪さんが言う。

 それだけで周囲の男子社員も女子社員も巳雪さんを見つめたまま動けなくなってしまう。全員が彼女に注目していた。

「ここで、旦那様が……」

 なぜか周囲の社員からの熱い視線を受け、巳雪さんが思い悩むような表情を浮かべた。どうしたんだろうと思う間もなく、彼女が私の耳元に顔を近づけてきた。

「はやく帰ってきてくださいね」

「う」

「待ってます」

 ニッコリ笑って、おじぎをする。

 そして「失礼しました」と周囲にあいさつをしてから巳雪さんは去っていった。後に残された我々は、しばらくの間、一歩も動けなかった。

「おい、大谷」

 郷田が私に詰め寄ってきながら、

「なんだありゃあ」

「な、なにがだよ」

「さっきの女だよ。あれがおまえの奥さんなのか」

「そうだよ」

 絶句する郷田。

 隣の近藤も周囲の社員たちも呆然としている。

「美人過ぎるだろう。おっぱいもボインボインで、背も高くて、足も長そうで……あんな美人、見たことねえぞ」

 郷田がぐいっと私に顔を近づけてくる。

「おまえ、騙されてねえか」

「な、なにが」

「なにか交換条件とかなかったか? 相談にのるぞ?」

 本気で心配していることが分かる郷田の様子に「はあ」とため息をついて弁当箱をあける。その豪華さを見て、またしても周囲から嘆息の声があがった。

「先輩、紹介してください」

 近藤が真剣な表情で、

「あの奥さん、やばいッスよ。今までさんざん遊んできましたがあんな美人見たことないッス。是非お近づきに」

「バカが」

 ごつんと、郷田が近藤をこづく。

 はははっと笑いながら弁当を食べていく。

 はやく帰りたい。

 そんなことばかりを考えていた。



 *



 定時になって巳雪さんの届けてくれた弁当箱を持って帰宅する。

 小走りで家路についてドアをあける。

 いつものように巳雪さんが正座で出迎えてくれた。

「お帰りなさいませ、旦那様」

「は、はい」

「はやく帰ってきてくれて嬉しいです」

 立ち上がった巳雪さんが抱きしめてくる。

 彼女の大きな体に埋もれる。

 顔面がおっぱいの谷間に生き埋めにされて、優しく抱きしめられる。彼女の甘い匂いとフェロモンで、はやくも頭がぼおっとしてしまった。

「旦那様」

 彼女が泣きそうな顔をしながら私を愛情たっぷりに撫でていく。

「今日は申し訳ありませんでした。旦那様がお弁当を忘れたことに気付けなくて、さしでがましく会社にまで押しかけてしまって」

「い、いや、そんな。巳雪さんが謝ることじゃないですよ。わざわざすみませんでした。助かりました」

「旦那様……お優しい……」

 愛撫が強くなる。

 ぎゅううっと抱きしめられさらに巳雪さんの豊満な体に生き埋めになる。もはや自分で立っていることもできなくなり、巳雪さんに抱きしめられてなんとか立っている状況。背中を撫でられているだけなのに、私の体がビクンビクンと痙攣していた。

「……旦那様」

 哀しそうな表情でじいっと見下ろされる。

 彼女の瞳の中で独占欲が燃えたぎっているのが分かる。今にも泣きそうな瞳でじいっと見つめられる。その瞳にもいつもとは違う焦燥感みたいなものが浮かんでいて、心配になる。

「み、巳雪さん?」

「…………」

「ど、どうしたんですか?」

「…………」

 一瞬下をむいた巳雪さんが意を決したように言った。

「……旦那様は、やはりもてるんですね」

 その瞳からついに宝石みたいな涙がこぼれた。

「会社で、女子社員の方々が、みなさん旦那様を見ていました。熱い視線で旦那様を見つめていて……旦那様が慕われているというのが分かりました」

「え? い、いや」

「当然ですよね。旦那様は魅力的で、お優しくて、とてもステキな殿方ですから……わたしのような、子種をいただかないと生きていけない化け物なんて、やっぱり旦那様にはふさわしくない」

 ぽたぽたと瞳から涙が落ちていく。彼女の言葉とは裏腹に私の体にまわされた彼女の両腕は力を増していた。絶対に放さないと、狂信的な独占欲が発揮され、私の体が巳雪さんの体に埋もれてしまう。

「巳雪さん、それは勘違いですよ。女子社員はみんな、私の隣にいた近藤っていう男を見てたんです……巳雪さんが現れてからは、全員が巳雪さんに注目していただけですよ?」

 私の言葉に顔をブンブンと左右に振って、下をむいてしまう巳雪さん。抱きしめる力が強くなって、息苦しさがさらに増した。

(な、なんでこんなに自己評価が低いんだろう)

 こんな美人で、スタイル抜群で、周囲の注目を一身に浴びているのに、彼女は嫉妬しているのだ。私なんかが社内でモテるわけがないのに。自分に自信がなくて、卑屈になっている……と、そこまで考えた時、唐突に思い至った。

(私も一緒か)

 近藤が現れて、私も自分が巳雪さんと釣り合わないと、そう思った。

 おそらく巳雪さんにそのことを話せば、烈火のごとく否定してくるだろう。自分に自信がもてない。それは私も同じだった。いくら言葉で説明したって、自分に自信がないのだから伝わらないだろう。

「巳雪さん」

「あ」

 ぎゅううっと、私は巳雪さんの体を抱きしめた。

 愛情をこめて彼女の背中をさする。

 巳雪さんの力に比べたら弱々しいものかもしれないけれど、それでも強く彼女を抱きしめた。巳雪さんと離れたくないと思っていることが分かってもらえるように彼女の体に埋もれる。

「あ、愛しています」

 どもりながら―――恥ずかしがりながらも彼女にむかって言う。

「巳雪さんだけ愛しています。巳雪さん以外はどうでもいいです。ずっと……ずっと一緒に幸せになりましょう」

 シーンと静まりかえる。

 巳雪さんの顔にヒマワリみたいな笑顔が咲いた。

「……嬉しい」

 ぎゅうううっ。

 さらに抱きしめられる。彼女の両腕が私の後頭部を抱きかかえてきて、その大きなおっぱいの谷間に拘束されてしまう。谷間の奥底まで引きずりこまれる。息さえできないほど強く、強く抱きしめられた。

「旦那様は、わたしのことを喜ばせる天才です」

「み、みふきふぁん」

「わたしも旦那様のこと喜ばせたい」

「あひ」

 手つきが一瞬にして変わった。

 魔性の愛撫。

 彼女の10本の指が、私の頭を撫で、背中を性感帯に変えていく。体中に彼女の魔性の指が這い回っていき、それだけで私はアヒアヒと悶えるだけの猿に変わった。

「旦那様……愛しています」

 ぶちゅうううううッ!

 おっぱいから顔を持ち上げられ、至近距離で見つめられたまま愛を囁かれて、熱烈に唇を奪われる。

「むうううううッ!」

 貪り喰われている。

 そういう表現がふさわしいほどに激しいディープキス。巳雪さんの長くて肉厚な舌が容赦なくねじこまれて、口の中をレイプされる。

「ジュパアッ! ジュブジュルルルッッ!」

 唾液音が玄関に響きわたる。

 ガクンと腰が抜けて倒れそうになり、それを巳雪さんががしっと抱きしめ許さない。最初から過激な舌使いで視界がグラグラと揺れる。衣服が彼女の手によって脱がされていく。全裸になった私は、なすすべもなく巳雪さんの舌の動きにあわせて喘いでいった

「旦那様……好き……」

 チュッ! ブチュッ!

「アヒッ!」

「好きです……好き……」

 ジュバッ! ジュルルッ!

「ヒイッ! あひゃっ!」

 耳にキスをされて唾液音が脳髄に響く。

 舌が耳の中に挿入され体の中が犯される。その感触で白目をむき、完全に脱力した私はさらに巳雪さんの狂気的な愛情にさらされた。

「もちあげちゃいますね?」

 理性を失った巳雪さんに抱きしめられて宙づりにされ、彼女の顔と同じ高さまで持ち上げられる。脱力して足をブラブラさせた私は真正面から超絶美人の女性に見つめられていく。そして、愛を囁かれながら、熱烈なキスの嵐を施されていくのだ。

「好き……好き……絶対に……絶対に放しません。逃がさない……んんふッ!」

 ジュッルウウウッ!

 再び唇が貪り喰らわれる。

 私の胴体は彼女のおっぱいによって熱烈に抱き潰されている。呼吸困難になるほどの締め付けの中で、さらに激しいキスをされて酸素を奪われる。優しさとは無縁の、彼女の本能が直接襲いかかってくるかのような熱烈なキスで酸欠状態にさせられた。

(息が……本当に……)

 苦しい。

 肺はおっぱいに潰され、ただでさえ呼吸が難しいのに、激しすぎるキスのせいで息も吸えない。このままじゃ死ぬ。命の危険を感じた私はプルプル震える手を伸ばして、巳雪さんの背中をタップする。ギブアップの意思表示。もうやめてくださいと、敗北宣言をしてキスから逃れようとする。しかし、

「ジュバアッ! じゅるうっじゅるッ!」

「あひいいいいッ!」

 キスがさらに激しくなった。

 呼吸ができない。何度も何度も背中をタップする。やめてくださいと。許してくださいと必死に命乞いをする。けれども巳雪さんはキスをやめてくれない。それどころかさらにぎゅううっと抱き潰され、熱烈なキスでもって私を酸欠状態にさせていく。

(殺されちゃう……このままじゃキスで殺されちゃう……)

 命の危険。

 息苦しさ。

 しかし体は悦んでいた。自分では脱出できないほど羽交い締めにされ、体の自由を奪われキスをされて、脳がマゾイキしている。自分の力では勝てない存在に蹂躙され、同時に愛情たっぷりなキスをされて脳がバグる。酸欠のせいで頭がぼおっと麻痺して快感で壊れる。脳がイき、体全体に電流じみた快感が流れっぱなしになった。

(あ……死…………)

 ブラックアウト―――その瞬間に巳雪さんが唇を放した。

「プハアッ! カヒュ―――ッ!」

 酸欠寸前だった私の体が貪るように空気を吸う。

 空気を吸ってむせかえり、それでも酸素を求めて呼吸を繰り返す。涙目になり苦悶の表情を浮かべながら空気を貪り喰らっていく情けない男。そんな私のことを巳雪さんはハートマークたっぷりの瞳で、幸せそうに見つめてきていた。

「旦那様のことは、わたしが一番分かっています」

 じいいっとこちらを見つめながら巳雪さんが言う。

「旦那様の気絶するタイミングもすべてお見通しです。限界ギリギリまで追いつめてみました」

「あひ……ひい……」

「どうでしたか、旦那様?」

 ぎゅうっと力強く抱きしめられる。

 また満足に息を吸えなくなってしまった私は、さきほどの息苦しさを思い出して、被虐の快感でマゾイキした。

「ふふっ、気に入ってもらえたみたいですね」

「ひいい……ひいい……」

「酸欠寸前まで追いこんでキスすると、頭が麻痺してマゾイキしやすくなるんです。気をつけないと死んでしまう危険な技ですが、わたしにかかれば簡単なことです。死の一歩手前まで追いこんで、殿方を極限のマゾ状態にしていじめるの得意なんです。そうすると、マゾの殿方は生命の危機を感じてマゾイキします。ふふっ、今の旦那様みたいに」

 ぎゅうううううッ!

 さらに抱き潰される。

 彼女の大きなおっぱいで肺が潰され、今度こそ呼吸ができなくなってしまった。逃げようと暴れるのだが巳雪さんの大きくて強靱な肉体の前に、小さくて貧弱な私の体がたちうちできるわけもない。

「逃げられませんよ、旦那様」

 まるで聞き分けの悪い子供を叱るように巳雪さんが言う。

「旦那様の命はわたしの思うがままなのです。わたしがその気なら、このまま旦那様のことを抱きしめ続けて、酸欠状態にして殺してしまうことも可能です。旦那様がいくら本気で暴れても、わたしの大きな体はビクともしません。旦那様はわたしに勝てないんですよ」

 教え込まれる。

 分からされる。

 圧倒的上位存在に蹂躙される。柔らかくて、大きな、女性の体によって、自分という矮小な存在が壊されていく。それを自覚しただけで私はマゾイキした。酸欠状態になり頭がぼおっとして、体が反抗をやめてしまう。強者に媚びへつらい、全身を脱力させて、ビクンビクンと快感で痙攣するだけのマゾになる。

「ふふっ、喜んでいただけてなによりです」

 巳雪さんが、とろけて放心する私の顔をじいいっと見つめながら、

「たあっぷり、かわいがってあげますからね」

 ぶっちゅううううッ!

 酸欠状態に追い込みながらのディープキス。

 ただでさえ力強い抱擁によって肺が潰され呼吸ができないのに、激しすぎるキスによってさらに酸素を奪われる。キスだけで殺される。そんな不安と期待でマゾイキし、ずっとずっと、興奮しっぱなしになった。

(巳雪しゃん……じゅぎいいいい)

 言葉も喋れなくなってしまったので、視線だけで巳雪さんに自分の気持ちを伝えようとする。ぎゅううっと暴力的に抱き殺されながら、愛情たっぷりのベロチューでトロトロに溶かされる。巳雪さんの大きな体に生き埋めになって、私は何度もマゾイキしていった。

「あひい……ひっぎい……」

 命の危険がずっと続く。

 マゾイキだけが許されて射精が禁じられる。

 すべてを支配されて致死性の快感だけを永遠とそそぎ込まれる―――そんな状態を何時間も続けられてしまい、完全に私の頭は壊れてしまった。

「いがじぇで……いかじぇで……」

 いつの間にか私の体が布団の上に横わたっている。仰向けに倒れた私の体の上に覆い被さり、飽きもせず長時間抱き潰しながら永遠と激しいキスをしてきた女性―――そんな彼女はようやく上体を起こし、その長くてムチムチな太ももをがに股で開脚して、私の下半身にまたがろうとしていた。

「命の危険でたっぷり興奮した旦那様の子種、いただきますね」

 興奮したねっとりとした声で彼女が言う。

 いつの間にか彼女も全裸になっている。

 極上の女体。全人類垂涎の対象であるような美と卑猥の化身。耐性のない男なら見ただけで射精してしまいそうになるほどエッチな体が、今から私にトドメを刺そうとしているのだ。

「これだけ死ぬ寸前まで追い込まれて、子孫を残そうと必死になった旦那様の子種ならば、もしかすると……」

 期待と興奮で我を忘れたようになっている女性が目の前にいる。

 それが怖くて魅力的で、どうしようもなかった。

 この女性は自分よりも優れている。肉体的にも頭脳的にも自分よりも上位の存在。そんな彼女にこれから犯してもらえるのだと思うと、頭がバグってマゾイキしっぱなしになった。

「ふふっ、いただきます」

 グッッジャアアア!

「あっひいいいんんッ!」

 勢いよく。

 彼女の巨尻が私の下半身を潰した。

 一瞬にして私の肉棒を丸飲みして根本までくわえこんでしまう。男を殺すために存在している密壷の感触に耐えられるわけがなかった。

「ひいいいいいいいいッ!」

 びゅっびゅううううッ!

 びゅっどっびゅうううッ!

 射精した。

 挿入されただけ。それなのに我慢もできず大量の子種を奪われ、敗北の中出し射精を強制される。

「ふふっ」

 グリグリッ!

 パンパンッ!

 射精中にもかかわらず、巳雪さんが腰をグラインドさせながら、射精の脈動にあわせて腰を振り始める。彼女の巨尻が私の下半身を豪快に潰すたびに、私の体が布団の上でバウンドし、それすらも彼女の巨尻で潰されて、布団の上に縫いつけにされてしまった。

「イっでるうううッ! イっでまずがらあああッ!」

 絶叫する。

 それでもやめてくれない。

 私の体が射精するだけの動物に変わり、涙をボロボロ流しながら、快感という名の暴力で悶絶していく。巳雪さんは私の子種を根こそぎ奪うつもりらしく、情け容赦のない腰振りが続けられる。もっと射精しろ。もっと寄越せ。そんな強い視線で見下ろされながら、巳雪さんが騎乗位で腰を振り続けていった。

「あひ……あひん……」

 ようやく射精が終わった。

 すべて奪われた。布団の上で完全脱力し、死の一歩手前でぼおっと巳雪さんのことを見上げる。

「……やっぱり、ダメでしたね」

 なぜか巳雪さんは哀しそうな表情を浮かべていた。

 期待していたことが叶わなかった残念そうな顔。しかしそれは一瞬にして終わり、次の瞬間にはニッコリとした笑顔になった。

「おつかれさまでした、旦那様」

 慈愛のこもった瞳を浮かべ、手を伸ばして私の頭を撫でてくれる。その優しさたっぷりの手の感触に、体がビクンと震えた。

「たっぷり旦那様の子種をいただきました。ありがとうございます」

「あひん……ひいん……」

「ふふっ、いっぱい射精できて偉いです。今日はこのまま、お休みください」

 私と巳雪さんは繋がったままだ。

 その状態を維持したまま、彼女が私の体を真正面から抱きしめながらゴロンと仰向けに転がった。私の体が反転して、巳雪さんの体の上でうつ伏せの格好になる。

「旦那様、愛しています」

 私の頭部が巳雪さんのおっぱいの谷間の中に埋もれる。大きな生命力の塊みたいな肉の中に生き埋めにされ、後頭部を優しく撫でられる。彼女の長い足が私の胴体を挟み込み拘束してしまう。まるで獲物を締め上げてトグロをまく白い大蛇のよう。私の体が巳雪さんの体によって捕食されている。

(幸せすぎて……壊れる……)

 彼女のフェロモンを嗅いで、射精直後の倦怠感の中で意識が薄れていく。後頭部を優しく撫でられながら、まるで母胎に帰ったみたいな安心感に満ちたまま、私は眠りについた。



つづく